家族信託が終了するのは、①法律で定める事由による場合と②委託者及び受益者の合意等による場合です。勘違いしやすいのは、信託契約で明記しておかないかぎり、委託者が死亡しても自動的には信託は終了しないということです。
家族信託の目的は、「老親の安心な老後作り」「家族の資産の継承」「ハンディキャップのある子の安心な生活の維持」など様々です。その目的に応じた信託の終了事由を信託契約で明記しておく必要があります。わかりやすく杉並区の行政書士が解説します。
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Q 家族信託はどのような場合に終了しますか?
信託法では、信託が終了する主な事由は以下のようになっています。大別すると、合意による終了と、法定による終了に分かれます。法定の列挙事由からは「委託者の死亡」「受益者と受託者の合意」は除かれています。
1.委託者と受益者の合意による場合(信託行為で別段の定めのある場合を除く)
2.信託の目的を達成したとき、又は信託の目的を達成することができなくなったとき
3.受託者が受益権の全部を有する状態が1年間継続したとき。
4.受託者が欠け、新受託者が就任しない状態が1年間継続したとき。
5.信託行為で定めた事由が生じたとき。
6.その他(信託財産の破産、裁判所の命令等)
以下参考条文 信託法163条、164条
第163条 信託は、次条の規定によるほか、次に掲げる場合に終了する。
一 信託の目的を達成したとき、又は信託の目的を達成することができなくなったとき。
二 受託者が受益権の全部を固有財産で有する状態が1年間継続したとき。
三 受託者が欠けた場合であって、新受託者が就任しない状態が1年間継続したとき。
四 受託者が第52条*(第53条第2項及び第54条第4項において準用する場合を含む。)の規定により信託を終了させたとき。
(*⇒信託財産が費用等の償還等に不足している場合)
五 信託の併合がされたとき。
六 第165条又は第166条の規定により信託の終了を命ずる裁判があったとき。
七 信託財産についての破産手続開始の決定があったとき。
八 委託者が破産手続開始の決定、再生手続開始の決定又は更生手続開始の決定を受けた場合において、破産法第53条第1項、民事再生法第49条第1項又は会社更生法第61条第1項(金融機関等の更生手続の特例等に関する法律第41条第1項及び第206条第1項において準用する場合を含む。)の規定による信託契約の解除がされたとき。
九 信託行為において定めた事由が生じたとき。
第164条 委託者及び受益者は、いつでも、その合意により、信託を終了することができる。
2 委託者及び受益者が受託者に不利な時期に信託を終了したときは、委託者及び受益者は、受託者の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。
3 前二項の規定にかかわらず、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
4 委託者が現に存しない場合には、第1項及び第2項の規定は、適用しない。
Q 信託行為で「受益者と受託者の合意で信託を終了できる」と決めていいですか?またこのように、決めるメリット・デメリットはあるでしょうか?
1.「受益者と受託者の合意で信託を終了」と約定することの可否
これは可能です。なぜなら、信託法の原則では「委託者と受益者の合意で信託を終了させることができる」(164条1項)としていますが、例外として「信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。」(同条3項)としているからです。
例えば、夫が委託者、妻が受益者、長男が受託者のケースを考えると、信託法の原則では「夫(委託者)と妻(受益者)が合意」すれば信託は終了できますが、「妻(受益者)と長男(受託者)が合意」すれば信託は終了すると約定してもよいことになっています。
ただし、「受益者と受託者の合意で信託を終了できる」と約定した時には、信託法の原則である「委託者と受益者の合意で信託を終了できる」というルールを残すのか排除するのかを明確にしておく必要があります。この点が不明瞭だったため裁判となった例があります(東京地裁平成30年10月23日)⇒この判例では、二つのルールは相反するので原則は新たなルールに置き換えられる、と解釈しました。)
2.この約定のメリット・デメリット
メリット
例えば、父が受託者兼委託者、長男が委託者の家族信託の場合、信託法の原則だと、父はいつでも信託を終了できます。父が元気なうちはこれでいいのですが、「今後、父が徐々に弱っていき、事実誤認等で判断能力を失い、せっかくの家族信託を終了させてしまう可能性があって怖い」と、父が自分でも考えるような事例では、当初の設計で、判断力の有る長男(受託者)の合意が無ければ家族信託スキームを終了できないとしておく意味があります。
デメリット
一方で、当初から父の判断能力が弱っているケースでは、当初設計が長男(受託者)に有利なものとなっているケースもあり得ます。このようなとき、さらに、受託者の合意を信託終了の条件とすると、父の保護に欠けるけるリスクがでてきます。
Q 委託者が死亡しても家族信託が終了しないのはなぜですか?委託者が死亡したら委託者の地位は誰が引き継ぐのでしょうか?
委託者が死亡すれば信託も終了しそうですが、信託法では、委託者の死亡は信託の終了事由とされていません。信託が「委託者亡き後の家族の生活の安心」を目的とするケースも多いことを考えれば、これは当然のことだろうと理解できます。
つまり、信託では、委託者の立場はそれほど絶対的なものではないと言えます。
したがって、信託行為で何もうたっていない場合は、委託者が死亡しても委託者の地位は相続人が引き継ぎ、信託は継続します。委託者の死亡により、信託を終了させたい場合(「一代限りの信託」)は、その旨を信託行為に記載しておく必要があります。
なお委託者の地位の継承をどのように信託契約に書き込むべきかは、信託の目的によって異なります。
1.受益者連続型信託の場合
委託者の地位については、「委託者の地位は、相続により承継せず、受益者の地位とともに移転する」と約定するのがベターです。
例えば、よくあるケースですが「当初の委託者兼受益者が父、受託者が長男のケースで、父死亡ののちは母を第二受益者とする信託」(受益者連続型信託)の場合に、妻が委託者の地位を引き継げば、次のようなメリットが生じます。
① 必要に応じて、母は受益者兼委託者として自分の固有財産も追加信託できるようになる。
② 将来的に信託を終了させ、登記を受託者から受益者に戻す際の不動産登記の登録免許税が1/5になる(注)。
(注)信託財産に不動産が含まれる場合、当初委託者の死亡により信託を終了させて、委託者の相続人に所有権を移転する場合は、登録免許税は固定資産評価額の20/1000です。一方、相続人でもある妻が第二受益者となった後で終了させれば、相続登記の税率(=4/1000)となります。
参考条文登録免許税法7条2項
(信託財産の登記等の課税の特例)
第七条 信託による財産権の移転の登記又は登録で次の各号のいずれかに該当するものについては、登録免許税を課さない。
一 委託者から受託者に信託のために財産を移す場合における財産権の移転の登記又は登録
二 信託の効力が生じた時から引き続き委託者のみが信託財産の元本の受益者である信託の信託財産を受託者から当該受益者(当該信託の効力が生じた時から引き続き委託者である者に限る。)に移す場合における財産権の移転の登記又は登録
三 受託者の変更に伴い受託者であつた者から新たな受託者に信託財産を移す場合における財産権の移転の登記又は登録
2 信託の信託財産を受託者から受益者に移す場合であつて、かつ、当該信託の効力が生じた時から引き続き委託者のみが信託財産の元本の受益者である場合において、当該受益者が当該信託の効力が生じた時における委託者の相続人(当該委託者が合併により消滅した場合にあつては、当該合併後存続する法人又は当該合併により設立された法人)であるときは、当該信託による財産権の移転の登記又は登録を相続(当該受益者が当該存続する法人又は当該設立された法人である場合にあつては、合併)による財産権の移転の登記又は登録とみなして、この法律の規定を適用する。
2.一代限りの信託の場合
当初委託者兼受益者の父が死亡した場合に信託も終了する(一代限りの信託)という設計にした場合には、委託者の地位の承継よりは、「残余財産の帰属権利者を誰にするか」を約定しておくことが重要です。
仮に、残余財産の帰属権利者について何も約定が無い場合は、信託法182条によって「信託行為に委託者又はその相続人その他の一般承継人を帰属権利者として指定する旨の定めがあったものとみなす。」とされます。もし、委託者死亡による信託終了の場合に、推定相続人への相続とは異なる残余財産の帰属を考えるなら、残余財産の帰属権利者の指定は必須となります。
ただし、この場合でも、相続人の遺留分を侵害する指定はできないので注意が必要です。
Q 受託者が死亡した場合はどうなりますか?
個人である受託者が死亡すると受託者の任務は終了します(信託法56条)。
信託行為に新たな受託者(第二受託者)に関する定めがあるときは、定めによります。
もし第二受託者の定めがないとき又は信託行為の定めにより新受託者となるべき者として指定された者が信託の引受けをせず、若しくはこれをすることができないときは、委託者及び受益者は、その合意により、新受託者を選任することができるとされています(信託法62条)。
また、前受託者の相続人等は、新受託者等が信託事務の処理をすることができるまで、信託財産に属する財産の保管をし、かつ、信託事務の引継ぎに必要な行為をしなければならないとされています(信託法60条2項)。
しかし、受託者が死亡した後、新たな受託者がいない状態が一年間続くと信託は終了してしまいます(信託法163条)。
なお、受託者の死亡自体は信託の終了事由ではありませんが、信託行為に「受託者が死亡した場合には信託は終了する」旨の定めがされていた場合には信託は終了することになります。
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