自益信託とは、委託者と受益者が同一人物の信託です。自益信託の場合は、信託設定前と後で、財産の名義は変わっても、実質上の受益者がイコールなので、贈与税がかかりません。
そのような理由もあり、家族信託の実務では、ほとんどが自益信託であると言われています。
例えば、認知症のリスクを感じている高齢者が、まだ自分の判断能力が十分なうちに、自宅や金銭を信頼できる親族を委託者として、自分が安心して老後を暮らせることを目的に、自分と親族の間で、信託契約を結ぶケースが当てはまります。
一方、他益信託は、委託者と受益者が異なる信託です。信託の発祥の地であるイギリスのトラストでは、信託と言えば他益信託が主流だそうです。
さて、日本で2007年に施行された信託法では、「自益信託」「他益信託」を包括的に規定しています。また、多くが任意規定ですので、信託契約で法律のデフォルトルールを変更することも可能です。したがって、信託法の条項ごとに趣旨を考え、他益信託と自益信託のどちらに当てはまりやすい規定なのかを考えながら、デフォルトルールに従うべきかを判断する必要があります。
この点について、新井誠「信託法 版4版」(有斐閣2014年)を参照しながら、まとめてみました。
他益信託と自益信託の差
繰り返しですが、信託とは、「他者のための財産管理制度」です。この管理が誰のために行われるのか?が、他益信託と自益信託の区分です。
・受託者の行う財産の管理・処分が委託者以外の第三者の受益者のため ⇒ 他益信託(イギリスのトラスト)
・受託者の行う財産の管理・処分が委託者兼受益者のため ⇒ 自益信託(家族信託に多い。贈与税かからない)
他益信託では、信託財産は名実ともに委託者の手を離れて、受託者のイニシアチブで受託者の利益のために管理・処分されるという構造です。
一方、自益信託は、委託者自身の利益ために信託設定しますので、信託財産は受託者の所有名義になっているとはいえ、もともとのところで、信託財産は委託者の実質的な支配圏にあるという考え方になります。
信託法の規定
信託法では、他益信託と自益信託の区別なく、規定しています。
他益信託でも、自益信託でも、信託であることには変わりはありません。信託の基本的な効果である「信託財産の独立性の保障」(信託法23条)は、自益信託にも当てはまります。
信託財産責任負担債務に係る債権(信託財産に属する財産について生じた権利を含む。次項において同じ。)に基づく場合を除き、信託財産に属する財産に対しては、強制執行、仮差押え、仮処分若しくは担保権の実行若しくは競売(担保権の実行としてのものを除く。以下同じ。)又は国税滞納処分(その例による処分を含む。以下同じ。)をすることができない。
条項によっては、自益信託には当てはまりにくいとされている条項もあります。
88条は、受益の意思表示が困難な障害者等が受益者である場合の救済規定ですが、自益信託の場合は、委託者は、自らを受益者として信託契約で積極的に受益者になるので、自益信託には不要と解釈可能です。
信託行為の定めにより受益者となるべき者として指定された者(次条第1項に規定する受益者指定権等の行使により受益者又は変更後の受益者として指定された者を含む。)は、当然に受益権を取得する。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
15条も、自益信託では当然のことなので、他益信託の場合に有用な規定です。
受託者は、信託財産に属する財産の占有について、委託者の占有の瑕疵を承継する。
48条5項は、受託者は、信託事務の処理費用を固有財産から支出した場合、信託財産に求償しても不足する場合には、受益者との合意で、受益者に求償してもよいという規定ですが、自益信託の場合は良いとして、他益信託の場合は、むやみに適用すべきではないのでないかとも言われています。
他益信託では、信託財産は、受託者・委託者・受益者から独立性の強い財産になるので、受託者が信託事務のために使用した費用の償還は、信託財産からに限定されるべきであるという考え方によるためです。
受託者は、信託事務を処理するのに必要と認められる費用を固有財産から支出した場合には、信託財産から当該費用及び支出の日以後におけるその利息(以下「費用等」という。)の償還を受けることができる。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
2 受託者は、信託事務を処理するについて費用を要するときは、信託財産からその前払を受けることができる。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
(略)
5 第1項又は第2項の場合には、受託者が受益者との間の合意に基づいて当該受益者から費用等の償還又は費用の前払を受けることを妨げない。
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