元気な親が家族信託をする場合に役立つ受益者指図権とは

家族信託に対し、次のようなお考えをもつ方もいると思います。

「自分が高齢なので、将来自分が認知症になってしまうと、自分の家や金融資産の管理もできなくなり心配ではある」が、「今はまだ元気!」なので、「当面、自分が財産管理はしっかりしたい。いよいよ、自分の判断能力に自信が亡くなったたら、信頼できる子供に財産を信託をしたい」という考えの方です。

しかし、「自分が認知症になったら発動する家族信託」というのは実務的には難しいものがあります。

何か良い策がないでしょうか。杉並区の行政書士が解説します。

「自分が認知症になったら発動する家族信託」が実務的に困難な理由

「自分が認知症になったら発動する家族信託」があれば、便利だと思う方は多いかと思います。

なるほど、財産や株式の管理のこまごましたことは、だんだん億劫になってきたから子供に任せたいが、大きな決断のいることは自分が判断したいというお気持ちは理解できます。

信託契約書に「委託者の判断能力低下(または法定後見人が選任されたとき)を発動条件とする」という一文を加えれば、実現できそうです。ただし、この仕組みが実効的か?というとそうでは無いと思います。後々、関係者が困るかもしれません。その理由はいくつかあります

その1は、「判断能力の低下」(または法定後見人が選任されたとき)という基準で、法的に契約が発効する日が客観的に特定できないのではないかという点です。これらの条件は、関係者が意図的にその手続きの行動タイミングを遅らせたり早めたりすることも不可能ではないため、客観的な日付を特定することが困難であるからです。

その2は、そもそも家族信託のメリットは、成年後見人制度のように、ご自分が認知症になった場合にのみ発動するのではなく、ご自分が聡明で元気なうちに、子供に財産管理を任せるという形で、子供に徐々に財産管理に習熟してもらうという意味合いもあるからです。

前段の理由は技術的な理由ですが、後段の理由は本質的なことです。

家族信託は、委託者と受託者の信頼関係がベースで成り立つものです。子供の財産管理に意見があれば、信頼関係をベースにして指導や注文をつけることはできます。

また、仮に、親(委託者)が子供(受託者)を信頼できない状況になった場合は、親が判断能力が正常であれば子供を解任できるのです(信託法58条1項は、特に定めがない場合は「委託者及び受益者は、いつでも、その合意により、受託者を解任することができる。」としています。家族信託では、親が委託者兼受益者であることが多いので、)。

このように考えれば、判断能力に関する条件は記載せず、すっきりとした形で、早めに家族信託を組んで安心されるという選択肢が良いように思います。

信託契約に「行使期限付き受益者指図権」を約定する方法はある

しかし、やはり「自分が元気なうちは、重要な財産管理上の判断には自分の同意を条件としたい」というご希望もあり得ます。

そのようなときには、「行使期限付き受益者指図権」という約定の方法があります。

この趣旨は、自分が元気なうちに信頼できる子供に財産管理を委託し、法的にも有効に家族信託をスタートさせるが、信託財産に関する重要事項(不動産売買契約、重要な修繕の契約、建て替えの契約等)や、信託財産に属する株式の議決権行使は、受託者(子供)は委託者(親)の指図に従う定めておくものです。

そして、ここからが肝心ですが、「受託者は当該指図権の行使に期限を設定できる」とし「行使期間に指図権が行使されない場合は受託者が単独で判断して契約行為や議決権行使をできる」という旨も約定するのです。

こうすれば、委託者である親が元気なうちは、信託財産管理の重要事項については、自分の判断を反映させることができることになります。また、親が痴ほう症等により判断能力を失った場合は、受託者は(期限内に適法な指図がなくても)単独で財産管理や議決権行使ができるようになります。

「行使期限付き受益者指図権」方式の弱点

ただし、「行使期限付き受益者指図権」が盤石かというとそうではありません。

例えば、委託者兼受益者の親が、認知症になり法定後見人が就任した場合には、法定後見人は受益者である親を代理して、家族の想いに反する「受益者指図権」を行使するかもしれません。このとき、親の財産管理について船頭さんが二人いるような事態となります。

親が認知症になった場合に、法定後見人をつけるのは義務ではないですが、老人ホームへの入居契約時に完全に意思能力が無くなっているとすれば、契約を行うためには成年後見人の選任が必要なケースもあり得ます。

まとめ

家族信託契約をする際に、すっきりと、契約締結と同時に家族信託を有効にスタートさせるのが安心です。「ご自分が元気なうちは自分の意思を反映させる」ことを目指すのであれば、「行使期限付き受益者指図権」を約定すれば、その権利が契約上も明確になります。しかし、将来的に、ご自分に成年後見人が選任される場合は、その成年後見人と受託者の意見相違となるリスクは排除できないことになります。