「相続させる旨の遺言」とは
相続させる旨の遺言とは,「特定の相続財産を特定の相続人に相続させる」と遺言することです。
遺言書で遺産の分配を記載するときに、使用する用語としては、かつては「〇〇を誰々に遺贈する」という書き方が多かったようですが、昭和40年頃から、公証人役場で公正証書遺言を作成する際の書き方の「お勧め」として、「〇〇を誰々に相続させる」という書き方が用いられるようになり、今ではこれが主流になりました。
自筆証書遺言の記載例でも、法務省のHPで紹介されている記載例も「相続させる」旨の遺言書となっています。(他の例)。
「相続させる旨の遺言」のメリット
昭和40年以降、「遺贈する」という書き方を避けて、「相続させる旨の遺言」がお勧めだった理由は、次の2点でした。
- 不動産登記の登録免許税が安いこと(遺贈の場合は税率が1000分の25,相続は1000分の6だった)
- 登記手続きが簡単であること(遺贈の場合は、受遺者である相続人と遺贈義務者である相続人全員の共同登記となるが、遺言書がある相続の場合は相続人の単独登記でよいうえに、遺産分割協議書の添付も不要)
しかし、①については、2003年以降、税率が遺贈も相続も同じとなりましたので、この点で優劣の差は無くなりました。しかし、依然として②の遺言書がある相続の場合は「他の相続人の協力が不要」で「遺産分割協議書も不要」で、単独登記ができるという点は大きなメリットとして残ります。
【結論】
「遺贈する」と書くと「他の相続人から、遺贈を受けたそ相続人への贈与となる」ので、登記が共同申請となり面倒になる。「相続させる」と書けば、その相続人が単独登記できる。
相続させる旨の遺言の法的性質
民法が定める遺言による財産処分(遺言事項)は、①相続分の指定(民法902条)、②遺産分割方法の指定(民法908条)、③遺贈(964条)です。「相続させる旨の遺言」が、このうちのいずれに当たるのかということについて、諸説ありました。例えば、「相続させる旨の遺言」が、「相続分の指定」ということになれば、具体的な個別の相続財産の分割については合意がないことになりますので、別途、相続人全員による遺産分割協議が必要となります。
この問題点に、決着をつけたのが、平成3年4月19日の最高裁判例です。
この判例は、“「相続させる旨の遺言」は、原則として、遺産分割の方法を指定する(民法908条)ものであり、何らの行為を要せず、相続開始時に当該遺産は当該相続人に承継される”としました。
その理由として述べられたのは以下のような説明です。
民法908条(遺産分割方法の指定)との関係
上記の最高裁判例は、「相続させる」趣旨の遺言を、民法908条の「遺産分割の方法」の一つとして、位置付けました。
被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から5年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。
この結果、908条の「遺産の分割の方法」の指定には,
a) 遺産分割により特定の遺産を特定の相続人に 取得させることを指定するもの
b) 遺産分割の方式(現物分割、換価分割又は 代償分割か)を指定するもの
の2種類があることになりました。今般の民法改正では、a) を「特定財産承継遺言」と呼ぶことになりました。 (民法1014条、1046条、1047条)
なお、特定の財産を特定の相続人に相続させる旨の遺言があると、当該遺産については単独登記が可能、遺産分割協議も不要、家裁の審判も不要となります。しかし、当然のことながら、遺言の対象外の遺産については、遺産分割協議が必要となります。
また、特定の相続人は相続放棄が可能です。相続放棄があれば、さかのぼって特定相続人に相続財産が相続されなかったことになります。さらに、他の相続人が遺留分侵害額請求権を特定相続人に行使することも可能です(民法1047条①)。
しかし、逆に言うと、特定財産承継遺言をされると、その財産をもらいたくないと思うと、相続放棄するしかないというのはデメリットでもあります。例えば、妻が夫から自宅の「配偶者居住権」を「相続させる」と書かれてしまうと、自宅に住みたくない場合に相続放棄すると、他の財産も含めて相続できなくなります。したがって、この場合は「遺贈する」と書いてほしいのです。そうすれば、妻は配偶者居住権だけを選んで拒否できることになります。(ご参考 私の別コラム⇒配偶者居住権の意外なデメリット)
「相続させる」ものとされた推定相続人が、遺言者より先に死亡した場合は?
この件については、最高裁判例で「受益相続人が、遺言者より先に死亡した場合」については、代襲相続は認められないという判断が出ています。
遺産を特定の推定相続人に単独で相続させる旨の遺産分割の方法を指定する「相続させる」旨の遺言は,当該遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合には、当該「相続させる」旨の遺言に係る条項と遺言書の他の記載との関係,遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などから、遺言者が,上記の場合には,当該推定相続人の代襲者その他の者に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り、その効力を生ずることはない。
この判例で、最高裁は「相続させる旨の遺言をした遺言者は、通常、遺言時における特定の推定相続人に当該遺産を取得させる意思を有するにとどまるため」と説明しています。
「相続させる遺言」は、原則として代襲相続は認められないという点は要注意です。例えば、長男一家に自宅をあげたいと思って、自宅を長男に相続させるという遺言を残すのは良いことですが、万一、長男が先に死亡してしまう場合も考えて、「長男が死亡した場合は、孫の誰それに相続させる」等の予備的文言が必要です。この辺は、行政書士などの専門家にご相談ください。
6.相続させる旨の遺言の今日的意味
「相続させる旨の遺言」は、代襲相続や配偶者居住権では要注意なのですが、最近では、核家族・高齢化を背景に、配偶者や身体障がい者等、経済的に特に配慮が必要な相続人のために、相続させる旨の遺言が活用されていると言われています。
「相続させる旨の遺言」は平成3年4月19日最高裁判例以後、メリットの多い法的効果が明確となりました。事例も積みあがっている現在、大いに利用価値直のある遺言方式であると思います。注意点もありますので、気になる場合は、行政書士など専門家への相談がお勧めです。
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