「遺贈する」と「相続させる」のちがい /杉並区の行政書士が解説

要約
・遺言に特定財産を「相続させる」という表現があれば、その相続人は登記の単独申請ができ便利です。
・ただし、その特定財産の相続を拒みたい場合、相続放棄しなければなりません。
・ですから、配偶者居住権や負担付所有権のように相続人が辞退するかもしれないものは「遺贈する」という表現が適切です。

相続人にとって遺言がありがたい理由

前提として、遺言があると相続の手続きがとても簡単になります。それはなぜでしょうか。私が考える理由は次の二つです。

【1】遺言を作成する前提として、被相続人の財産目録が整理されるため。

1点目ですが、遺言を作成するためには、まず、遺言を作成する人(被相続人)は、自分の財産がどれほどあるのか、どのような資産や負債があるのかを考えるでしょう。そして、リスト化すると思います。この作業がないと、次の段階である「何を誰に相続させるか」ということにつながらないでしょう。

つまり、遺言を作れば、その前提として、財産のリストアップ⇒遺言を考えるというステップが踏まれているのです。財産リストには、不動産・預金・株式などの資産が種類ごとに整理されますので、ご遺族が「どこの金融機関にどれだけ資産が分散されているのかさっぱりわからない」というようなことが無くなります。

<<遺言のプロセス>>

【ステップ1】財産目録の作成 ⇒ 【ステップ2】誰に何を相続させるかを考える

財産目録の例(法務局資料より)

【2】遺言があると、相続財産の共有状態が早期に解消され、遺産分割がスムーズに進むため。

2点目ですが、遺言がない場合は、民法の原則により、すべての被相続人の資産と負債は、相続人による共有状態となります。その持分は、法定相続分(相続人が、妻と長男・長女ならば、妻1/2、長男1/4、長女1/4)になります。遺産分割協議によって、個々の資産と負債がの分割が平和的に合意されるまでは、銀行預金でも、自宅不動産でも、相続人全員の合意がなければ処分ができません。

関連条文 民法251条
各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、共有物に変更を加えることができない。

 

「相続させる」「遺贈する」:遺言の書き方で、法的に大きな差が生じる理由

遺言上で、一般的に用いられる表現は「〇〇(例えば自宅不動産)を◇◇(例えば妻)に相続させる」です。ただ、似た表現で「遺贈する」という言い方もできそうです。

「自宅を妻に遺贈する」と「自宅を妻に相続させる」の法律的はどのような差があるでしょうか。

【1】「相続させる旨の遺言」のメリット・デメリット

「相続させる」という表現には実は大きな効果があります。それは、1①で述べたような民法の原則である「相続財産が相続人の共有財産になる」というステップを飛ばして、相続が発生した瞬間に、被相続人から、◇◇さんに、指定された相続財産の所有権が移転すると考えられているからです。次の最高裁判例が有名です。

最高裁判例 平成1(オ)174
一 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきである。
二 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言があった場合には、当該遺言において相続による承継を当該相続人の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、当該遺産は、被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継される。

「相続させる」という書き方の遺言を「特定財産承継遺言」とも言いますが、これには次のようなメリデメがあります

【メリット】 上記の最高裁判例の考え方の結果として、「相続させる旨の遺言」の場合「何らの行為を要せずして、当該遺産は、被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継される」ことになります。例えば、指定された相続財産が不動産の場合、遺言執行者は単独で相続に関する登記手続ができます。 

【デメリット】 「相続させる」と言われた◇◇さんが、その特定の財産を相続するのが嫌なとき、その特定の財産だけを相続放棄することはできません。遺贈の場合は、遺贈を放棄して相続を承認することが可能ですが、「相続させる・・」と書いてあると「他の遺産も含めてすべて相続放棄する」か「指定された財産の相続を受け入れるか」の選択になってしまうということです。

【2】「遺贈する旨の遺言」のメリット・デメリット

「〇〇を◇◇に遺贈する・・」という書き方の遺言ですと、その意味合いが、◇◇さんは、被相続人の死亡を原因として、〇〇という資産の贈与を受けるということになります。判例の考え方ですと、遺贈の場合であっても、遺贈の対象となる権利は、遺言者(被相続人)の死亡とともに、当然に、受遺者に移転するという考え方をとっています(物権的効力説)。しかし、遺贈の目的物が不動産の場合、登記は遺言執行者や相続人などの遺贈義務者と受遺者の共同申請が必要です。

また、遺贈を受ける側は、遺贈は受けるけれども、相続は放棄するという選択や、その逆も可能です。

【メリット】 例えば、夫が「妻に自宅の配偶者居住権を遺贈する」という遺言をした場合、妻は配偶者居住権をいらないと思ったときには、相続放棄せずに、遺贈だけを辞退出来ます。

【デメリット】上述のように、遺贈の目的物が不動産の場合、登記は遺言執行者や相続人などの遺贈義務者と受遺者の共同申請が必要です。他の相続人が協力的でなかったり、行方不明の場合には手続きが面倒になり困ってしまいます。

また、相続の場合は、第三者は戸籍によって相続の事実や相続人が確認できるため、法定相続分までは登記がなくても第三者に対抗が可能であると考えられていますが、遺贈の場合は、第三者が遺贈の内容を確認することはできなしいので、第三者に対抗するためには登記が必要であるとされています。

最後に

今日は、細かいお話でした。遺言があると残された方々の負担は軽減します。しかし、今のところ実際には遺言を残す人が大多数ではありません。いざ、遺言を書くとなると「まだ早い」という考えにもなりがちですし、どのような遺産配分が適切なのか?など考えがまとまりきらないということもあると思います。そこでお勧めなのが、「遺言のようなもの」の下書きを書いてみるということです。楽しみながら、あれとれと書きつけてみればいいのです。文言の法的効果は後々専門家のチェックを受ければいい程度に考え、「財産目録」もざっくりでOKです。それを行うことで、徐々に考えもまとまりますし、「遺言」への心理的ハードルが下がってくるとも思います。

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