相続法の改正と遺言書保管法の制定

民法のうち相続法の分野については,1980年(昭和55年)以来,実質的に大きな見直しはされてきませんでしたが、その間に、社会の高齢化が更に進展し、相続開始時における配偶者の年齢も相対的に高齢化しているため、その保護の必要性が高まっていました。

今回の相続法の見直しは,このような社会経済情勢の変化に対応し、高齢化以外にも遺言書の利用促進等多くの面で新たなルール改正が実現しました。新たなルールは、2019年1月13日から段階的に施行され、2020年7月10日に完了しました。

1 配偶者の居住権を保護するための方策について

(1)配偶者短期居住権 (新民法1037条-1041条関係) 法務省チラシ

配偶者短期居住権は、配偶者が相続開始時に被相続人が所有する建物に居住していた場合に、遺産の分割がされるまでの一定期間、その建物に無償で住み続けることができる権利です。

配偶者短期居住権は、被相続人の意思などに関係なく、相続開始時から発生し、原則として、遺産分割により自宅を誰が相続するかが確定した日(その日が相続開始時から6か月を経過する日より前に到来するときには、相続開始時から6か月を経過する日)まで、配偶者はその建物に住むことができます。

また、自宅が遺言により第三者に遺贈された場合や、配偶者が相続放棄をした場合には、その建物の所有者が権利の消滅の申入れをした日から6か月を経過する日まで、配偶者はその建物に住むことができます。

(2)配偶者居住権 (新民法1028条-1036条関係)法務省チラシ

配偶者居住権は、配偶者が相続開始時に被相続人が所有する建物に住んでいた場合に、終身または一定期間、その建物を無償で使用することができる権利です。

配偶者居住権は、今回の相続法改正で創設された新しい考え方です。つまり、建物についての権利を「負担付きの所有権」と「配偶者居住権」に分け、遺産分割の際などに、配偶者が「配偶者居住権」を取得し、配偶者以外の相続人が「負担付きの所有権」を取得することができるようにしたものです。

配偶者居住権は、自宅に住み続けることはできる権利ですが、完全な所有権とは異なり、人に売ったり、自由に貸したりすることができない分、評価額を低く抑えることができます。このため、配偶者はこれまで住んでいた自宅に住み続けながら、預貯金などの他の財産もより多く取得できるようになり、配偶者のその後の生活の安定を図ることができます。

2 遺産分割に関する見直し等 

(1)自宅の生前贈与が特別受益の対象外になる方策(持戻し免除の意思表示の推定規定)新民法903条④関係)  ※法務省チラシ

結婚期間が20年以上の夫婦間で、配偶者に対して自宅の遺贈または贈与がされた場合には、原則として、遺産分割における計算上、遺産の先渡し(特別受益)がされたものとして取り扱う必要がないこととしました。

改正前には、被相続人が生前、配偶者に対して自宅の贈与をした場合でも、その自宅は遺産の先渡しがされたものとして取り扱われ、配偶者が遺産分割において受け取ることができる財産の総額がその分減らされていました。そのため、被相続人が、自分の死後に配偶者が生活に困らないようにとの思いで生前贈与をしても、原則として配偶者が受け取る財産の総額は、結果としては生前贈与をしないときと変わりませんでした。

今回の改正により、自宅についての生前贈与を受けた場合には、配偶者は結果的により多くの相続財産を得て、生活を安定させることができるようになりました。

(2)遺産分割前の払戻し制度の創設等  ※法務省チラシ

①家庭裁判所の判断を経ないで,預貯金の払戻しを認める方策 (新民法909条の2関係)

改正前には、生活費や葬儀費用の支払、相続債務の弁済など、お金が必要になった場合でも、相続人は遺産分割が終了するまでは被相続人の預貯金の払戻しができないという問題がありました。そこで、このような相続人の資金需要に対応することができるよう、遺産分割前にも預貯金債権のうち一定額については、家庭裁判所の判断を経ずに金融機関で払戻しができるようになりました。

遺産分割前の被相続人名義の預貯金払戻し

各共同相続人は,遺産に属する預貯金債権のうち,各口座ごとに以下の計算式で求められる額(ただし,同一の金融機関に対する権利行使は,法務省令で定める額(150万円)を限度とする。)までについては,他の共同相続人の同意がなくても単独で払戻しをすることができる。

 【計算式】 単独で払戻しをすることができる額=(相続開始時の預貯金債権の額)×(3分の1)×(当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分)

②家事事件手続法の保全処分の要件を緩和する方策 (家事事件手続法の改正) 

預貯金債権の仮分割の仮処分について、家事事件手続法第200条第2項の要件(事件の関係人の急迫の
危険の防止の必要があること)を緩和することとされました。

家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合に、相続財産に属する債務の弁済,相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要があると認めるときは,他の共同相続人の利益を害しない限り,申立てにより,遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部を仮に取得させることができることになりました。

(3)相続開始後の共同相続人による財産処分について (新民法906条の2関係)※法務省チラシ

改正前の制度では、特別受益のある相続人が、遺産分割前に勝手に遺産を処分した場合、不当に処分された財産は遺産分割の範囲から外れてしまい、不当な処分をした相続人が得をするケースがありました。

そのため、新たなルールでは、「処分された財産につき遺産に組み戻すことについて処分者以外の相続人の同意があれば、処分者の同意を得ることなく、処分された預貯金を遺産分割の対象に含めることを可能とし、不当な出金がなかった場合と同じ結果を実現できる」ようにしたのです。

3 遺言制度に関する見直し

(1)自筆証書遺言の方式緩和 (新民法968条関係)※法務省チラシ

これまで自筆証書遺言は、添付する目録も含め、全文を自書して作成する必要がありました。その負担を軽減するため、遺言書に添付する相続財産の目録については、パソコンで作成した目録や通帳のコピーなど、自書によらない書面を添付することによって自筆証書遺言を作成することができるようになりました。(ただし、財産目録の各頁に署名押印することを要するとされています。)

(2)遺言執行者の権限の明確化等 (新民法1007条,1012条-1016条関係)

遺言執行者の一般的な権限として、遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は相続人に対し直接にその効力を生ずることを明文化されました。

特定遺贈又は特定財産承継遺言(いわゆる相続させる旨の遺言のうち、遺産分割方法の指定として特定の財産の承継が定められたもの)がされた場合における遺言執行者の権限等を明確化されました。

(3)公的機関(法務局)における自筆証書遺言の保管制度の創設(遺言書保管法)※法務省による詳細解説

自筆証書による遺言書は自宅で保管されることが多く、せっかく作成しても紛失したり、捨てられてしまったり、書き換えられたりするおそれがあるなどの問題がありました。そこで、こうした問題によって相続をめぐる紛争が生じることを防止し、自筆証書遺言をより利用しやすくするため、法務局で自筆証書による遺言書を保管する制度が創設されました。

4 遺留分制度に関する見直し (新民法1042条-1049条関係)※法務省チラシ

遺留分減殺請求権の行使によって当然に物権的効果が生ずるとされている現行ルールでは、共有状態が生じてしまうため、事業承継の支障になるという問題意識から、遺留分に関する権利の行使によって生ずる権利を物権でなく、金銭債権としました。

遺留分権利者から金銭請求を受けた受遺者又は受贈者が、金銭を直ちには準備できない場合には、受遺者等は、裁判所に対し、金銭債務の全部又は一部の支払につき期限の許与を求めることができる。

5 相続の効力等に関する見直し(新民法899条の2関係)※法務省チラシ

改正前のルールでは、特定財産承継遺言等により承継された財産については、登記等の対抗要件なくして第三者に対抗することができるとされていました。

しかし、それでは、遺言の内容を知らない相続人の債権者等に不利益となる場合がありました。そこで、現行法の規律を見直し、法定相続分を超える部分の承継については、登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができないこととされました。

6 相続人以外の者の貢献を考慮するための方策(特別の寄与)(新民法新民法1050条関係)   ※法務省チラシ

相続人ではない親族(例えば子の配偶者など)が被相続人の介護や看病をするケースがありますが、改正前には、遺産の分配にあずかることはできず、不公平であるとの指摘がされていました。

今回の改正では、このような不公平を解消するために、相続人ではない親族も、無償で被相続人の介護や看病に貢献し、被相続人の財産の維持または増加について特別の寄与をした場合には、相続人に対し、金銭の請求をすることができるようにしました。