高齢者の遺言を有効に行う注意点 杉並区 | 行政書士中村光男事務所

高齢者の方が遺言をする場合は、公証人が民法所定の手順により、法的な有効な遺言となるように確認できる「公正証書遺言」が望まれます。ただ、このような公正証書遺言に対してさえも、相続人からは「遺言の際に、遺言者は認知障害があり、遺言は無効ではないか?」という反論が出かねません。

過去に公正証書遺言であっても、裁判となり、様々な理由で遺言が無効になった例もあります。遺言が遺言能力がないという理由で無効にならないようにするには、遺言が遺言能力がなく無効だと判断される可能性のある点を理解し、適切な対策をとっておくことが必要です。

意思能力、行為能力、遺言能力の違い

意思能力がないと有効な法律行為はできませんが、法律行為の時点で、本人に意思能力があるかないかを証明するのは困難です。そこで、意思能力のない方やその取引相手を守る制度が、行為能力制度です。

この行為能力は生きている人を対象にしているので、遺言には適用されません。遺言能力は、行為能力と関係なく、意思能力のある15歳以上の人に認められる能力です。

意思能力

・意思能力とは、自らがした行為の結果を判断することができる精神的能力のことです。一般にだいたい10歳になれば意思能力を備えるものと考えられています。意思能力を有しない者がした法律行為は無効となります。

<意思能力がないとされている者>
・10歳未満の子供
・泥酔者
・重い精神病や認知症にある者等

<意思能力制度と成年後見制度の違い>
・類似の制度として、高齢者等の保護を図る成年後見制度があります。成年後見制度の利用のためには、事前に家庭裁判所の審判を得ていなければなりませんが、意思能力制度は事前に家庭裁判所の審判を得ていなくとも利用が可能です。
・法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効です(民3-2)が、成年被後見人の法律行為は、取り消すことができる(民9)という点も異なります。

<意思能力制度の問題点>
・その法律行為の時点で、本人に意思能力(その取引の内容と結果が理解できる能力)があったかどうかは、取引の難しさや、本人の体調次第でありますから、個別に見ていかなければならないので、これを証明しするのは難しいことです。

行為能力

・行為能力とは、自分が行った法律行為の結果を確実に自分のものとする能力を指します。

意思能力があるかどうかを個別に証明するのは難しいので、判断能力が低下した人やその相手方ともに、困ります。そのため、民法では、判断能力の低い人(十分な精神的能力を持たない人)を「行為能力が制限された者」(=制限能力者(制限行為能力者))として一律に扱い、これらの人を保護しています。

このような制限能力者(制限行為能力者)には、法定代理人や成年後見人・保佐人・補助人が選ばれます。制限能力者(制限行為能力者)が、これらの法定代理人などの同意なしに自ら行った法律行為は、原則として後から取り消すことが可能です。

<民法の定める制限行為能力者>

1 未成年者 満18歳未満の者であり、保護者は法定代理人。 未成年者が法律行為をするには、法定代理人の同意が必要である。同意のない行為は取り消し可能。(民法4)
2 成年被後見人 行為が自己にとって利益であるか不利益であるかの判断力(「事理弁識能力」という)を常に欠いている人で、家庭裁判所が「後見人」という保護者を付ける決定をした人。 成年被後見人の法律行為は、取り消すことができる。(民9)
3 被保佐人 事理弁識能力が著しく不十分な人で、家庭裁判所が「保佐人」という保護者を付ける決定をした人。 被保佐人が重要な法律行為をするには、その保佐人の同意が必要である。同意のない行為は取り消し可能。(民13)
4 被補助人 事理弁識能力が不十分な人で、家庭裁判所が「補助人」という保護者を付ける決定をした人。 家庭裁判所が関係者の請求により、補助人の同意が必要な法律行為を決定することがある。同意のない行為は取り消し可能。(民17)

遺言能力

意思能力があって、15歳以上の人を遺言能力者といいます。遺言能力のない人の遺言は無効です。
・15歳以上でも意思能力がなければ、遺言能力はない。
・意思能力があっても、15歳未満は、遺言能力はない。
ということです。(民961)

大事なのは、「第963条 遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。」です。
・普段は意思能力があっても、遺言のときに意思能力がなければ、遺言能力はない。
ということになります。

<成年被後見人の遺言>
・成年後見人も、意識がしっかりしているとき(事理を弁識する能力を一時回復したとき
)に有効に遺言は残せます。その場合は、医師2人以上が立会って、遺言者が遺言をする時に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記して署名捺印をしなければならないという手続きが決められています(民973)。

<遺言能力の問題点>
・遺言には、行為能力制度は対象外となるので、制限行為能力者の方も、15歳以上で遺言時に意思能力があれば、有効に遺言が残せます。しかし、「遺言時に遺言能力があったこと」を証明するのは簡単ではありません。成年被後見人については、民法973条でルールが明確なのでわかりやすいですが、他の場合については、予め問題を知ったうえで、対策を取っておくことが良いと思います。この点を以下に記載します。

遺言能力がないという理由で無効にならない遺言の作り方

高齢者の方の遺言には、「遺言能力があったかどうか」が問題になりやすいので、これを避けるため、公証役場で公正証書遺言にすることが望ましいです。ただ、公正証書遺言が無条件に法的に有効になるというものでもないので、遺言能力の有無が後々問題にならないように、対策を打っておくことが望まれます。

遺言能力の判定基準

まず、そもそも、遺言の際に本人に遺言能力があったかどうかはどのように判定されるかというと、判例た学説では「あらゆる事情が総合的に考慮される」とされています。

考慮される事情の具体例

遺言時における遺言者の精神状態
<判断材料>診断書、入院記録、医師の話、立会人の話など

遺言内容
<判断材料>遺言の内容が、簡単か複雑かなど
⇒「私の全財産を妻に相続させる」というような簡単なものが望ましいです。
⇒土地や建物の場合は、登記簿謄本の記載通りに書くのに合わせて、「自宅」「〇〇荘アパート」「軽井沢の別荘」などと本人に理解しやすく記載するなどです。・

・遺言の動機・経緯
 <判断材料>付言事項や、メモ、エンディングノート等により遺言の内容が自然であることが分かるようにしておくなど

遺言能力のないので無効だとされないための工夫

以上の問題点を踏まえて、次のような対策が有効です。

・医師の立ち合いを求め、遺言者が遺言時に意思能力があったことを診断書にしてもらう。
・自筆証書遺言の場合は、録音や録画で遺言当時の状況を記録しておく。
・遺言者の精神状態にあわせて理解しやすい遺言書にする。専門用語や複雑な記載を避けて日常的な表現で、わかりやすく。
・遺言の動機や遺言に至る経緯を本人から聞き取りメモにし、遺言の付言事項に入れたり、裏付け証拠として、手紙・メモ・エンディングノート等を残す。

公正証書遺言の注意点

承認欠格者を同席させないこと
遺言能力が不安視されるときに、公正証書遺言を作成する現場(自宅や病床など)に、配偶者や子供など推定相続人が同席する場合がありますが、そのような方が立ち会ってしまうと、遺言が無効になるリスクがありますので注意が必要となります。

民法974条(証人及び立会人の欠格事由)
第974条 次に掲げる者は、遺言の証人又は立会人となることができない。

 未成年者
 推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族
 公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人

・遺言者による口授(くじゅ)があること
公正証書遺言では、「遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。」が条件です。公正証書遺言は、遺言をする人が2人以上の証人の前で遺言の内容を口頭で伝え(これを口授(くじゅ)といいます)、それを公証人が書き取り、正式な書類にする方式の遺言です。公証人が書いた内容を遺言者と証人に読み聞かせて確認し、全員が署名と押印をします。この書類が完成すると、それが公正証書遺言になります。

民法969条(公正証書遺言)

(公正証書遺言)
第969条 公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 証人2人以上の立会いがあること。
二 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。
三 公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させること。
四 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押すこと。ただし、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。
五 公証人が、その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと。

実務では、先に遺言書を作成してから遺言者に口授してもらう手順が多いですが、口授は省略できません。公証人が質問し、それに対して遺言者が答える形の口授方法もありますが、口授である以上、遺言者から言葉が発せられることが必要です。うなづく程度では口授になりませんので要注意です。

 

・法務省は公証人に対して、後日、遺言者の遺言能力が裁判で争われたときのために証拠を保全し、公正証書作成当時、遺言者が遺言能力を有していたと認定した根拠を明らかにできるように、公正証書遺言の作成経過をできる限り詳細に記録し、公正証書遺言とともに保存することを求めています(民法の一部を改正する法律等の施行に伴う公証事務の取扱いについて(平成12年3月13日付の法務省民事局長の通達)

平成12年3月13日 厚労省通達 該当部分
本人の事理を弁識する能力に疑義があるときは,遺言の有効性が訴訟や遺産分割審判で争われた場合の証拠の保全のために,診断書等の提出を求めて証書の原本とともに保存し,又は本人の状況等の要領を録取した書面を証書の原本とともに保存するものとする。これは,民法改正法に基づく手続に限らず,一般の遺言公正証書の作成においても行うものとする。

 

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