遺言で不動産を相続人にスムーズに承継させる方法

自己所有の不動産を持っている被相続人が、子供の仲が悪く、自分が死亡した後の相続でもめそうであることが、心配な場合は、遺言書作成が有効です。遺言があると、遺産分割協議が不要となり、相続不動産の登記手続きも簡単になります。

相談例

・相談者 80歳女性(夫から相続した自宅マンションで一人暮らし)

・相続人 長男(結婚して近所の賃貸アパートに居住)、次女(独身・同居)

・お悩み 何かと面倒を見てくれる同居の次女にマンションを相続させたいが、気の強い長男が「マンションは自分が欲しい」と譲らない。

【問題点】このような事例では、子供たちと話しても円満に解決できると考えにくいので、一般的には遺産分割を自筆か公正証書で遺言書を作成するのが基本的対策です。

遺言書には、自筆で書く自筆証書遺言と、公証人役場で証人2名を立てて作成する公正証書遺言の2種類があります。簡単に作成できるのが自筆証書遺言です。

自筆証書遺言で遺言書を作成する場合

自筆で遺言を作る場合には、次のような要件があります。

ポイント1 すべて自筆で書くこと(財産目録を除く)
※平成31年の民法改正で、財産目録を別紙にして遺言に添付する場合は、その目録のページごとに署名し、印を押せば、目録自体はパソコン作成やコピーでもいいことになりました(民法968条3項)

ポイント3 作成日付を書く

ポイント4 戸籍上の氏名を書く

ポイント5 印を押す

ポイント6 連名にしない(共同遺言の禁止)

ポイント7 加除訂正は慎重に(書き直しが安全)

<参考>正しい自筆証書遺言の作成方法

民法の条文

第968条【自筆証書遺言】

① 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。

② 前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第997条第1項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。

③ 自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。

公正証書遺言

公正証書遺言は、公証人が遺言者の意図を聞いて、証人2名の同席のもとに作成します。自筆の遺言に比べて、「法法的に無効となるリスクがほとんどない」「原本は公証役場で保管される」などのメリットがあります。

また、自筆証書遺言の場合は、遺言書を見つけたら未開封のままで家庭裁判所に持っていき、「検認」と言われる手続きをしなければいけませんが、公正証書遺言に検認は不要です。

遺留分に注意

遺言者が兄弟姉妹以外の法定相続人には、相続分の1/2は遺留分として最低保証があります。

遺留分を侵害する遺言書でも、相続人全員が一致して変更することをしないのであれば、もともとの内容は無効にはなりません。例えば、全財産を一人の相続人に相続させる遺言は、法的には無効ではないので、一旦その相続人が全財産を相続します。

しかし、遺留分を侵害された相続人は、遺留分減殺請求により自分の遺留分に該当する相続財産を取り戻すことができます。具体的には、穏便に相談して請求する、あるいは、内容証明郵便で通知する、または家裁に調停を申し立てる、などの方法があります。

なお、「遺留分を侵害している」こと自体は、遺言を無効にすることはありませんが、相続人間の争いの種にはなり得ます。「相続人は正気でなかった」など、認知能力のかんして疑いをもたれることがあり得ます。

したがって、遺留分を侵害する遺言を作成する場合は、最低限、「無効な遺言書だ」と言われないように、公正証書遺言を選択するのが賢明かと思われます。

遺留分減殺請求

遺留分減殺請求とは,遺留分を侵害された者が,贈与又は遺贈を受けた者に対し,遺留分侵害の限度で贈与又は遺贈された物件の返還を請求することです。 遺留分減殺による物件返還請求について当事者間で話合いがつかない場合や話合いができない場合には,遺留分権利者は家庭裁判所の調停手続を利用することができます。(裁判所HP

遺言で不動産を簡単に特定の相続人に継承させるには?

遺言がない場合

まず遺言がない場合を考えますと、遺産の分割には、相続人が全員で協議して全員が合意する分割案をまとめる必要があります。

一人でも反対がいるならば、協議はまとまりませんので、家庭裁判所に調停を求めるなどの法的ステップを踏まなければなりません。

ちなみに、遺産分割協議に関連する民法の条文は、以下の通りです。

民法907

(遺産の分割の協議又は審判等)
第907条 共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。

2 遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる。ただし、遺産の一部を分割することにより他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合におけるその一部の分割については、この限りでない。

3 前項本文の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割を禁ずることができる。

遺産分割協議は、相続人による遺産の共有という不安定な状態を解消するための手段です。

共有の解消方法として、民法が認めているもう一つの方法である「256条 共有物分割」と比較すると、遺産分割協議による共有の解消の特徴は以下の通りです。

256条 共有物分割 907条 遺産分割
裁判管轄 地裁 家裁
分割の基準 共有持分 具体的相続分と民法906条(遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。)
分割の方法 現物、競売による換価分割、一部分割・価格賠償・全面的価格賠償 現物、換価、代償
民法:共有物の分割請求

第256条 各共有者は、いつでも共有物の分割を請求することができる。

民法:遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止

第908条被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から5年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。

「相続させる」旨の遺言がある場合

遺言で、「不動産を特定の相続人に相続させる」と記載すれば、被相続人の死亡と同時に、その相続人は確定的にその不動産の所有権を取得できます。このような遺言を「特定財産承継遺言」と言います。ただ、特定の相続人が遺言者より先に亡くなった場合や、不動産以外の財産にいついてはどうするのか、遺言者がよく考えて書いておかないと困ることもあります。

この相談事例では、遺言で、「不動産を長女に相続させる」と記載すれば、相続発生と同時に、長女は確定的に不動産の所有権を取得できます。仲の悪い兄弟間で、遺産分割協議をする必要はなくなりますし、登記も長女の単独申請が可能です。

このように、特定の財産を特定の相続人に相続させるという遺言は、「特定財産承継遺言」とも言われ、「遺産分割の方法を指定」したものであると解釈されます。つまり、「遺産の一部である不動産を、遺産分割として、特定の相続人に相続させたい」という遺言であると解釈されるのです。

遺言者は、シンプルに「不動産を娘に受け継がせたい」という思いで、遺言を書いていますが、現実には様々な問題が生じた際に、どのようにするかを、遺言書で細かく書いていない場合は、遺言者の意図や、相続人間の公平などを考えて、問題点が解決されていきます。

例えば、代襲相続についてです。
「特定財産承継遺言」で想定していた相続人が遺言者より先に亡くなって、その次に遺言者が亡くなった場合を考えると、通常は、その特定の相続人と遺言者の関係性から「不動産をあげたい」と思っていたはずですので、「特定財産承継遺言」は効力を失うと解釈されます(判例)。もし、「特定財産承継遺言」で想定した相続人が亡くなった後は「代襲相続させたかった」とか「長女が亡くなったら、世話になったAさんに遺贈したかった」と思うなら、そのように遺言書に記載すべきです。

次に、他の財産についての処分問題です。
特定財産承継遺言で、その不動産を長女に相続させたいということは伝わっても、「不動産以外の財産はどうしたかったのか?」という点も遺言に書かないと、遺言者の意図は伝わりません。「不動産を長女にあげるのだから、他は長男にあげる」という意味だったのか、「不動産は長女にあげて、残りは半々に分けて欲しい」という意味だったのか、残された者が解釈に困ることが想定されます。

また、特別受益の問題もあります。
上記と同様の問題ですが、特定財産承継遺言で相続人が不動産を取得した場合、それにより相続人間の遺産分けがあまりに不公平で、かつ、遺言者の意図も不明確なら、民法903条が類推適用されて、その不動産が特別受益となる場合もあります。*

*参考判例として「遺言による不動産の取得について、特別受益の持ち戻し免除が認められるためには、生前贈与の場合に比べてより明確な意思表示の存在が認められることを要するとした上、本件の遺言には持戻免除について何ら触れられていないこと、特別受益不動産の価額の割合が遺産全体の4割を占めることなどから、被相続人による黙示の持ち戻しの免除を認めない事例」(大阪高等裁判所決定/平成25年(ラ)第704号)。

さらに、特定財産承継遺言で想定する相続人がその不動産を喜んで相続してくれるかという点も留意が必要となります。
相続人は、「そのような不動産はいらない」と思った場合は、他の財産を欲しいと思っても、相続放棄して、相続全体を放棄しなければならず、孫の代へ代襲相続も起こりません。そのようなリスクがあるケースでは、あえて「相続させる」ではなく「遺贈する」と記載し、遺贈された物の受取だけをピンポイントで辞退できるように工夫する方法もあります。

「相続させる」旨の遺言がある場合の遺言執行者の役割とは

民法:特定特定財産に関する遺言

第1014条 2遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の1人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が第899条の2第1項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。

上の条文では、特定財産承継遺言があった場合、「遺言執行者は、当該共同相続人が第899条の2第1項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。」とありますが、登記は相続人が単独で申請可能ですので、通常は遺言執行者の役割は表面化しません。ただ、例外的ですが、不正に登記がされた場合などに、相続人のために遺言執行者が登記の校正を申請したりする局面では、遺言執行者がいると助かります。

登記と遺言

相続登記には大きく分けて①遺言による相続登記、②遺産分割協議で決まった割合による相続登記、③法定相続割合による相続登記の3種類があります。

遺産分割や法定相続遺言による登記では、相続人の範囲を明確にするために「原則として被相続人が出生してから死亡するまでの戸籍が必要」が必要ですが、遺言による登記の場合は、相続人が遺言で判断できるため、提出が求められる戸籍は被相続人の死亡時の戸籍(除籍)謄本と相続人の現在の戸籍謄本ですみます。

不動動産を特定の相続人に「相続させる遺言(特定財産承継遺言)」であれば、相続人の登記は単独で可能です。「遺贈」のケースと比較すると次の様です。

1.相続による不動産の所有権移転登記

遺言執行者がいない場合 遺言執行者がいる場合
相続させる遺言 相続人の単独申請可能 相続人の単独申請可能
遺贈する遺言 特定遺贈 (令和4年度まで)相続人全員が登記義務者となり、相続人と共同申請となる

(令和5年4月~)「相続人に対する遺贈」に限り、受遺者である相続人の単独申請で遺贈登記が可能となった。(注1)

遺言執行者が登記義務者となり、相続人と共同申請となる(注2)
包括遺贈 相続人全員が登記義務者となり、相続人と共同申請となる 相続人全員が登記義務者となり、相続人と共同申請となる

(注1「相続人に不動産を遺贈する」ケースについて、法改正があり、令和5年4月から登記手続きが単独申請でよくなりました。これは、相続登記を簡単にして所有者不明の土地を増やしたくないという意図による改正です。もともと、遺言では、相続人には、「相続させる」と書くのが実務ですので、「相続人に不動産を遺贈する」ケースは例外ですが、例えば、相続人ではない孫に土地を遺贈するという遺言を書いた後に、孫が代襲相続で相続人となった場合になどに当てはまるものです。 法務局資料 ⇒https://houmukyoku.moj.go.jp/homu/content/001388918.pdf

(注2民法1012条に「遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる。」と記載されています。

2.相続による所有権移転を登記無くして第三者に対抗できるか

登記がある場合 登記がない場合
相続させる遺言 第三者に対抗できる 法定相続分までしか対抗できない(改正民法899の2)(注1)
遺贈する遺言 特定遺贈 第三者に対抗できる 対抗できない**
包括遺贈 第三者に対抗できる 対抗できない

(注1)かつて、「相続させる遺言」の場合は登記がなくても、相続人は第三者に対抗できました。しかし、改正民法899の2では「相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第901条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。」と定めました。
**特定遺贈

参考:「3訂版 遺言相談標準ハンドブック」(日本法令)62-63p

まとめ

不動産を特定の相続人に相続させたい場合は、不動産を誰に相続させるかを記載した遺言書(相続させる遺言=特定財産承継遺言)を作成し、遺言執行者を定めていくことが有用です。しかし、それだけでなく、不動産以外の財産はどう配分するのか?、不動産を承継させようと思った第一候補の相続人が自分より先に亡くなった場合はどうするのか?などの思いがあるなら、そのことも書いておかないと、のちのち困ることもあるので注意が必要です。

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