2023年10月から施行されるインボイス制度(適格請求書)については、当初2023年3月末が登録締め切りでしたが、登録事業者数が伸びないこともあり、4月以降にも登録可能になるなどの緩和策が発表されました。直近の財務省資料では、「2023年以降10年間の経過措置を設け、免税事業者はこの間に、課税事業者への転換の要否を見極めてください(主旨)」としています。
我々は、このような緩和動向に目を奪われがちですが、そもそもインボイス制度の根っこにある問題は何でしょうか。
単純化すれば、以下のような整理も可能であるように思います。
1.「免税事業者の受け取る消費税も、当然国に納めるべき税である」=>インボイス賛成
2.「売上1000万円以下の免税事業者の受け取る消費税は、実は売上の一部である」⇒インボイス反対
本記事はこのような問題意識からまとめました。ただし、私は税理士ではございませんので誤りがあるかも知れません(判明した場合は修正いたします)。ご疑問の点は国税庁や税理士にご確認のほどお願いしたします。
インボイス制度導入の負担軽減措置
2023年1月現在、以下のような負担軽減策が発表されています。
1.税負担の軽減(売り手側)
・免税事業者がインボイス発行事業者(イコール消費税課税業者です)となった場合、納税額を売上額の2割に軽減する(3年間)。
これは「2割特例」と言われています。
本来は消費税の課税業者は「売上にかかる消費税額」から「仕入れにかかる消費税額」を引いた残りを納付しなければいけません。課税売上高が5千万円以下の事業者は簡易課税を選択すれば、「売上にかかる消費税額」に「みなし仕入れ率」(業種ごとに40%(不動産業)~90%(卸売業)まで)掛けて「仕入れにかかる消費税額」としてよいことになっています。
「2割特例」は、インボイス発行事業者となった免税事業者に8、3年間80%のみなし仕入れ率を認めたのです。簡易課税の業種別のみなし仕入れ率は以下の通りですので、卸売業以外よりは同等または有利な設定です。
【簡易課税制度の事業区分の表】 国税庁HP
事業区分 | みなし仕入率 | 該当する事業 |
---|---|---|
第1種事業 | 90% | 卸売業 |
第2種事業 | 80% | 小売業、農業・林業・漁業(食用) |
第3種事業 | 70% | 農業・林業・漁業(非食用)、鉱業、建設業、製造業、電気業、ガス業、熱供給業および水道業等 |
第4種事業 | 60% | 飲食店業等 |
第5種事業 | 50% | 運輸通信業、金融・保険業 、サービス業(飲食店業に該当する事業を除きます。) |
第6種事業 | 40% | 不動産業 |
2.事務負担の軽減(買い手側)
・売上1億円以下の事業者*のインボイスの保存を不要とし、帳簿の保存のみで仕入控除額を可能に(6年間)
(* 前前年の売上高1億円以下か前年上半期の売上高5千万円以下)。
3.登録申請期限の延長
・2023年10月1日から登録するための当初締め切り2023年3月末日を、同年9月末に延長する。
4. 免税事業者等からの課税仕入れに係る経過措置
・免税事業者からの課税仕入れに係る経過措置を設けて、6年間は仕入税額相当額の8割・5割を仕入税額として控除できることとする。
財務省資料では、2023年以降10年間の経過措置を設け、免税事業者はこの間に、課税事業者への転換の要否を見極めてくださいとしています。
【この経過措置の意味合い】
もし、この緩和策がないとすると、インボイス発行業者にならない免税業者は、納入先から「お宅に支払った10%の消費税は、控除できないなので、代金を10%値引いて欲しい」と言われる可能性がありました。
しかし、3年間は、納入先は名税業者に支払った消費税の80%は控除できるので、「お宅に支払った10%の消費税のうち2%分(仕入れにかかる消費税額(税前代金の10%)の8割しか控除できないため)は控除できないので、代金を2%*値引いて欲しい」と言われる可能性になったのです。
3年間、2%程度の負担なら免税業者の納入先も目をつぶってくれるかもしれません。5年後からは、2%ではなく5%負担となり、その後3年たつと10%全額負担となれば、納入先は課税業者しか付き合わなくなっているかも分かりません。したがって、経過措置がある間に、免税業者は方向性を考えてくださいという意味があります。
出典:財務省資料
インボイス制度への肯定的見方
以上のような経過措置や緩和策はあるものの、インボイス制度導入後、インボイス発行者は課税事業者となりますので、「売上消費税と仕入消費税の差額」の納税義務が生じます。
売上1000万円以下の事業者は免税事業者となれますが、いずれ買い手はインボイスがないと仕入消費税の全額控除ができなりますので、中長期的には、免税業者の課税業者への転換が進む流れとなると考えられます。
このことに対する肯定的な見方の根拠は以下のようなものです。
1.益税解消にメリット大きい
・益税があると、消費税の一部(5%のとき推定3000億円/年)が国に納付されない。今後、消費税アップがあればさらに拡大する。
・益税があるために、消費税を価格転嫁しにくい構図となっている(消費税は税でなく、事業者の益という認識があるため)。商品価格と消費税額が別記され、税価格の積み上げ結果が納税額となることで、消費税が事業者の損益から完全に分離されれば、税込みでの価格交渉・買いたたきの発生抑止に貢献し、価格転嫁の問題に悩む中小事業者にメリットが大きい。
2.消費税の透明化
・インボイスには課税事業者番号が表示されるので、支払う側が消費税課税業者に消費税を支払っていることが明確になり消費税の透明化が図れる。
3.中小事業者の事務負担軽減につながる
・現行の請求書からインボイスへ切り替えることで、事業者の実務負荷が高まるとの懸念もある一方、事業者の経理業務や納税申告業務が簡素化されるというメリットもあるという主張です。すでにインボイスに移行しているEUでは、定められた申告期間のインボイスを集計するだけであるため、インボイス情報を記帳した時点で95%の申告書作成業務が終了しているという情報もあります。
(参考「益税問題を考える~インボイス活用の可能性~」佐藤千鶴子氏https://www.hitachiconsulting.co.jp/column/tax/02/index.html)
・そもそも消費税法では、消費税納税義務者は消費者でなく事業者です(消費税法5条)。そして納税する消費税の計算上、仕入れ消費税を控除できます(消費税法30条)ので、事業者は「売上消費税-仕入れ消費税」を納税するわけです。このように、5条⇒30条と進みます。
・消費税法では、小規模事業者は同5条の納税義務が免除されます(消費税法9条)。5条が適用されないので、30条による控除もできません。
インボイス制度への否定的見方
一方、インボイス制度は中小事業者への脅威であるという見方があります。
1.免税事業者は「益税」を得ていない
零細事業者は、「お客から受け取った消費税を自分の懐に入れてしまう」のではない。仕入れ消費税を自分で納めているうえに、売上消費税との差額(いわゆる益税)は、大手業者との競争上、値引きの原資となっている。
2.インボイスがないと仕入消費税を控除できない
免税事業者はインボイスが発行できないので、売上先からの要請で、益が減っても課税事業者になるしかなくなるという点でも困りますし、自分が免税業者から仕入れる局面では逆に、仕入業者がインボイス発行のできる事業者でないと困るということになります。
3.諸外国にもある免税制度
OECD加盟の30か国でも免税制度はありますから、日本だけが納税事務負担等に配慮して中小事業者を保護しているわけではありません。
ただし、免税点は日本の半分以下である500万円以下の国が22か国です。日本よりも免税点の水準が高いのは、フランス(1085万円)、スイス(1220万円)、イギリス(1533万円)の3か国となっていますので、この水準はいずれ見直される可能性もあります。(数字は、国税庁HP「消費税の事業者免税点制度の在り方についての一考察」時点)
出典 付加価値税における中小事業者に対する特例措置の国際比較(財務省)
まとめ
現在、インボイス制度導入への不安の声が多く、国も次々と緩和策を出しています。登録の締め切りが延長されたので、多くの免税事業者は、現時点では様子見というところのようです。
上記で述べた「肯定派」も「否定派」の、分かれ目は「消費税」が「本体価格」と別物ということが社会の常識となることへの期待の大小のようです。最初から益税が無ければ、このような悩みもなかったかも知れせん。
インボイス導入により課税事業者になることの事務負担の増加は、会計ソフトが進化していますので、限定的なものになっていくと思います。経過措置があるものの、買い手側からはインボイス発行を求める声は大きくなると思われます。どう対応するのか早めに考えたいものです。
行政書士中村光男事務所について