遺言執行者の権限が改正民法で、強化され明確化されました。遺言執行者が決まっていれば、相続人全員の協力が得にくい場合であっても、遺言書の内容に従って、遺産分割で手続きがスムーズ進みます。
そもそも遺遺言執行者とは何なのか、遺言執行者の権限や権利義務等や、遺言書への書き方などを杉並区の行政書士が解説します。
遺言の執行とは
遺言の執行とは、被相続人の死後に遺言書の内容を実現する手続きのことです。
遺言で指定された事項の中には、執行が不要なもの(相続分の指定、遺産分割の禁止など)や、執行手続きが無くても当然に被相続人に財産が帰属するケース(「相続させる」旨の遺言)もありますが、執行手続きが必要な事項もあります。
例えば、遺言に従って、預貯金の解約や名義変更をしたり、動産を分配したりする手続です。「相続させる」旨の遺言があっても、不動産登記の手続きは必要です。「遺贈する」旨の遺言の場合は、名義変更などの執行が必要です。
これらの遺言執行の目的達成のため、遺言書や家庭裁判所で指定や専任された者を遺言執行者と言います。
遺言執行者の選任
遺言執行者は、遺言で特定の人を指定することもできますし、第三者に遺言執行者の指定を委託することもできます(民1006)。
遺言で指定が無い場合や、利害関係人の請求によって家庭裁判所が選任する場合もあります(民1010)。司法統計の最近のデータでは、家庭裁判所による遺言執行者の選任件数は年間2,500~2、600件ほどもあります。
遺言で、遺言執行者と指定された者が承諾した場合に初めて遺言執行者となり、任務開始ですが、就任を拒否することもできます(民1007)。遺言執行者が返事をしないときは、相続人その他の利害関係人は、相当の期間を定めて回答を求めることができます(民1008)。この場合や、指定された遺言執行者が死亡した場合などにも、利害関係人は家庭裁判所に遺言執行者の選任を請求できます。
遺言で「相続人」を遺言執行者に指定できるか?
民法上、遺言執行者になれないのは、未成年者と破産者です(民1009)。また、遺言執行者になるには特別な資格などは必要ありません。さらに、遺言執行者は相続人の利益のためでなく、遺言執行が目的ですので、相続人や受遺者を、遺言執行者に指定することは法的には可能です。
ただし、遺言とおりとはいえ、相続人が遺言執行者となると、自分のためにも遺言を執行するので、他の相続人や関係者から見た場合、「適正に遺言を執行するのか」「遺産を隠していないか」などの疑問を持たれないとも限りません。
遺言者も、遺言執行者にそのような思いをさせるのは本意ではないでしょうから、信頼できる適当な第三者がいないなどの理由で、相続人の一人を遺言執行者に指定するときは、予め周囲に考えを説明をし、もめごとの種にならないような配慮も望まれます。
また、相続人が遺言執行者になる場合は、遺言執行者は、自分も含めて相続人の利益のために働くのではなく、遺言者の意思の実現をすることが目的であることや、遺言執行者の他の相続人に対する義務を理解して、公明正大に適正に遺言を執行することが望まれます。
遺言執行者の権限
一般的権限
⓵遺言執行者の管理処分権
遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他の遺言の執行に必要な一切の行為をすることができます(民1012Ⅰ)。遺言執行者の職務は、遺言の内容を実現することであって、相続人の利益のために職務を行うことではありません。このため、遺言で相続人の廃除や遺留分を侵害する内容があるため、相続人の利益にならなくても、遺言通りに手続きを進めます。
②相続人の管理処分権の制限
他の相続人は、遺言執行者が行う相続財産の処分などの遺言の執行を妨げることはできません。仮に、遺言執行者がいるのに、相続人が勝手に家などの相続財産を処分しても無効です(ただし、善意の第三者は保護されることになっています)(民1013)。
預金の遺贈の場合の権限
遺贈とは、例えば、”特定の預貯金を孫(受遺者)に「遺贈」する旨”の遺言のことです。
改正された民法では、①特定遺贈で遺言執行者がいる場合は、遺贈義務の履行者は遺言執行者のみとなり(民1012Ⅱ)、②遺言執行者は、受遺者に遺贈の対象を「相続開始の時の状態で、引渡しまたは移転する義務」を負い(民998)、③遺言執行者は「遺言の内容を明らかにして債務者にその承継を通知」する(民899の2Ⅱ)とされました。
このことから、預貯金の特定遺贈があった場合、遺言執行者は、預貯金の払戻しを金融機関に請求できると解釈できると考えられています。
しかし、特定遺贈について、民法は遺言執行者の義務を定めていても、遺言執行者の金融機関への預金の払い戻し請求権があるとは明記していません(次に述べる特定財産承継遺言では、明記されています)。このため、金融機関によって、特定遺贈において、遺言執行者の単独の払い戻し請求に応じるところと、相続人全員の同意を求めるところがあるようです。
したがって法律解釈に頼らず、遺言書に「遺言執行者は誰々。誰々に預貯金の払戻し・解約の申し入れ権限を与える」という趣旨を明確に記載しておけば、金融機関も対応がしやすいと考えられます。
相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)の場合の権限
実務では、遺産分割の方法の指定として、特定の財産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言が一般的です。判例では、「相続させる」旨の遺言がある場合は、原則として、何らの行為を要せずに、相続開始と同時に対象財産が相続人に承継されるとしています(最判平成3年4月19日)。
さて、「何らの行為を要せず」に相続されるなら、もはや遺言執行者の役割があるのか?という点が疑問になります。この点について、民法1014Ⅱは、特定財産承継遺言で遺言執行者が指定されている場合、「遺言執行者は、相続人が登記等の対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる」としています。
また、特定財産が預貯金の場合は、遺言執行者は預貯金の払戻しの請求や解約の申し入れができることが、改正民法上明記されています(民1014Ⅲ)。
遺言書の記載(金融機関が対応しやすい遺言例)
遺言執行者の権限の遺言への記載を具体的にすることで、遺言執行者の求めに対して、金融機関等が対応しやすくなります。
遺言執行者の権利と義務
遺言執行者の権利
⓵費用償還請求権
遺言執行者が遺言の執行のために必要な費用を出した場合は、相続人に対して費用を請求できます(民1012Ⅲ、650Ⅰ)。遺言執行の費用は、相続財産から支払われます(民1021)。
②報酬請求権
遺言執行者は報酬を請求できます(民1012Ⅲ、648Ⅱ)。遺言に報酬の定めがない場合は、家庭裁判所が決めます(民1018Ⅰ)
遺言執行者の義務
⓵善管注意義務
遺言執行者と相続人の関係は、委任者と受任者ですので、遺言執行者は受任者として、善良なる管理者の注意をもって、任務を遂行する義務を負います(民1012Ⅲ、644)。
②報告義務
相続人の請求があるときは、遺言執行状況を報告する義務があります(民1012Ⅲ、645)。判例では「遺言執行者である弁護士が守秘義務を根拠に正当な理由なく報告を拒否した」事例で遺言執行者の損害賠償責任を認めたものもあります(京都地判19(2007年))。
③受取物の引渡しの義務
相続人のために受領した金銭、物品、権利などは相続人に引き渡す義務があります(民1012Ⅲ、646)。
④任務開始義務
就職を承認したときには、直ちに任務を行わなければなりません(民1007Ⅰ)。
⑤財産目録の作成・交付義務
相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければなりません(民1011)。
⑥補償義務
相続人のために受領した金銭を自己のために消費した場合、利息支払いや、損害賠償をしなければなりません(民1012Ⅲ、647)。
⑦通知義務
遺言執行者は、任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければなりなません(民1007Ⅱ)
遺言執行者の復任権
民法改正前は、遺言執行者が第三者に遺言執行者の職務を委任(復任)することは、やむを得ない場合がある場合のにみに限られていました。これでは、遺言執行者が必ずしも法的知識があるとは言えない場合などに困ってしまいますので、改正民法では、遺言書に特に定めがない場合は、遺言執行者は自己責任で第三者に復任してもいいことになりました(民1016)。
まとめ
せっかく遺言を書いても、相続後の不動産の登記の名義書き換えや、預貯金の解約などに、相続人全員の協力が必要であるならば、時間がかかったり、場合によっては一部の相続人の協力が得られずに、手続きがストップしてしまうという事態も考えられます。このような事態を避けるためには、遺言執行者の指定をしておくことが効果的です。とは言え、どのような文言で書けばいいのかなどは、悩まれることもあるかもしれません。そのようなときは、行政書士などの専門家に相談されるのもいいのではないでしょうか。
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