施設入居時の「事前指示書」と「尊厳死宣言公正証書」は何が違う /杉並区の行政書士が解説

仮に、高齢のお父さんが入退院を繰り返すようになったとします。家族は「もしものときに、延命治療をするべきか」悩んでいます。今のうちから、お父さんの意思を確認したいのですが、話題にしにくく感じています。

このような例は多いのではないでしょうか。

現在、終末期医療の方針については、本人の意思を最大限尊重すべきであるという考え方が主流となっています。延命についての確認は、親の意思を尊重するためにも極めて重要です。延命治療が始まると中止することは容易ではありません。

終末医療に関し本人の意思を確認するツールとしては、①施設入居などの場合に本人が書いたりする「事前指示書」、②公正証書にされることも多い「尊厳死宣言」などがあります。このコラムでは、①にも触れながら、②の「尊厳死宣言」について解説します。

終末期医療に関しての国民意識

命するかしないかに関わらず、お父さんがお元気なうちに、延命する意味を明確化し問題点を事前に把握することに大きな意味があります。

厚労省の平成26年の調査では、自身の死が近い場合に受けたい医療や受けたくない医療について家族で話し合ったことがある方は、一般国民では42.2%、医師56.8%、看護師66.3%、介護職員51.5%でした。一般国民は、「全く話し合ったことがない」と答えた者が55.9%と最大でした。

但し、「自分で判断できなくなった場合に備えて、どのような治療を受けたいか、あるいは受けたくないかなどを記載した書面を作成しておくこと」については国民の69.7%が賛成しているのですが、実際に書面を作成しているのは、わずか3.2%という結果でした。

出典 PDF 終末期医療に関する意識調査等検討会報告書(PDF:1,296KB)

事前指示書とは

高齢者が病院に入院した時や老人ホームに入居の際に、「延命治療に関する意思確認書」や「終末期医療の事前指示書」というような書類への記入を求められることが増えてきています。文書の名称は、「尊厳死の宣言書」「事前要望書」「事前指示書」というように、特に統一はされていません。内容についても、医師や家族と相談しながら記載するので特定のフォーマットがあるわけでありません、

基本的な内容は、次に述べる「尊厳死宣言」とほぼ同じです。

日本尊厳死協会は、「終末期医療における事前指示書」という考え方(リビングウイル)を推奨しています。同協会の私の希望表明書はダウンロードできます。

出典 日本尊厳死協会HP https://songenshi-kyokai.or.jp/living-will

尊厳死宣言公正証書とは

「尊厳死宣言公正証書」は、公証人が本人の尊厳死に対する要望を聴取して、その結果を公正証書にするものです。

尊厳死とは、回復の見込みがない病におかされ、長期間にわたって植物状態が続くなどの場合に、生命維持装置などによる人為的な延命措置を拒み、人間として尊厳を保った自然な死を迎えることをいいます。

「尊厳死宣言」は、本人が自らの考えで尊厳死を望む、すなわち、延命措置を差し控え、中止する等の宣言をするものですが、客観性を高めるために、この宣言を公正証書とするのが妥当なのです。

尊厳死宣言の内容例

尊厳死宣言の基本的な内容は以下のようなものです。

「第1条 私【    】は、私が将来不治の病に罹って死期が迫り、又は高齢で死期が迫り、意識を失うような状態に陥ったり、たとえ呼びかけには応じても意識は朦朧としている状態になったり、又は意識はあっても自分の意思を伝えることができない状態で 、自分で身の回りのことができず、自分で飲むことも食べることもできなくなったりした場合等に備えて、私の家族及び私の医療に携わっている方々に以下の要望を宣言します。

1 私の疾病が現在の医学では不治の状態に陥り既に死期が迫っていると担当医を含む2名以上の医師により診断された場合には、死期を延ばすためだけの延命措置は一切行わないでください。

2 私が自分の力では水も飲めず、食べ物を食べられなくなったら、無理に飲ませたり、食べさせたり、点滴や栄養補給をしないでください。特に、死期を延ばすためだけに、鼻管チューブを入れたり、胃ろうを作ったりということは、絶対にしないでください。

3 しかし、私の苦しく見える状態を緩和していただける治療をしてくださるなら、最大限実施してください。そのために、麻薬などの副作用により死亡時期が早まったとしてもかまいません。

第2条 この証書の作成に当たっては、あらかじめ私の家族である次の者の了解を得ております。
妻   【    】  昭和  年  月  日生
長男  【    】  昭和  年  月  日生
長女  【    】  昭和  年  月  日生

私に前条記載の症状が発生したときは、医師も家族も私の意思に従い、私が人間としての尊厳を保った安らかな死を迎えることができるようご配慮ください。

第3条 私のこの宣言による要望を忠実に果たして下さる方々に深く感謝申し上げます。そして、その方々が私の要望に従ってされた行為の一切の責任は、私自身にあります。警察、検察の関係者におかれましては、私の家族や医師が私の意思に沿った行動を執ったことにより、これらの方々に対する犯罪捜査や訴追の対象とすることのないよう特にお願いします。

第4条 この宣言は、私の精神が健全な状態にあるときにしたものであります。したがって、私の精神が健全な状態にあるときに私自身が撤回しない限り、その効力は持続するものであることを明らかにしておきます。」

複数の公開されている公証人役場の事例から作成しました。

家族や医師と相談して、この文章に本人が署名すだけでも意味がありますが、これを公正証書にすれば、より客観性が高まります。また、署名時に本人の意思能力が明瞭であったことも証明しやすいというメリットもあります。

尊厳死宣言公正証書の効力

法的強制力はないものの・・・

尊厳死宣言がある場合に、患者ご本人の意思が尊重されるべきものとはいえ、医療現場ではそれに必ず従わなければならないとまでは未だ考えられていません。また、過剰な延命治療に当たるか否かは医学的判断によらざるを得ないということもあります。したがって、尊厳死宣言公正証書を作成した場合にも、必ず尊厳死が実現するとは限りません。

しかし、日本尊厳死協会のアンケートによれば「尊厳死の宣言書」を医師に示したことによる医師の尊厳死許容率は、近年は9割を超えているそうです。

また、厚労省も、平成30年に「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」を出し、「繰り返し話し合った内容をその都度文書にまとめておき、本人、家族等と医療・ケアチームで共有することの重要性について記載」としています。

厚労省⇒https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000197665.html

重要な点は・・

したがって、尊厳死宣言公正証書がその本来の効果を十分に発揮するためには、以下の点が重要だと思います。

②ご家族がいる場合は、事前にご家族と十分に話し合ったうえで、作成する。

②信頼できる肉親などに尊厳死宣言公正証書をあらかじめ託しておく。

③尊厳死を迎える状況になる以前に、担当医師などに尊厳死宣言公正証書を示する。

まとめ

終末医療に関しての自己の意思決定を文書化するという意味で、事前指示書と尊厳死宣言は同じです。双方とも本人の意思と家族の想いを家族や医師と共有化するためのツールです。

事前指示書は、内容が比較的簡単ですので手軽に作成でき、何度でも書き換え可能ですから、柔軟性に富む良いツールと言えます。一方、一部の親族から反対がでたりすると周囲や医師も困ることがないとは言えません。

一方、尊厳死宣言公正証書は、公証人役場に公証してもらうための手数料(通常1万1000円(手数料令26条)。)がかかりますし、書き換えも手間がかかりますが、逆に本人の意思の客観性を高められるため、より説得力のある文書になる効果があります。ですので、遺言等を公正証書にする場合などは、あわせて「尊厳死宣言公正証書」を検討するのが良いのではないでしょうか。

あのとき、ああしておけばという思いが家族に残らないように、まずは終末医療について話し合うことから始めるのが良いと思います。

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