インボイスとは何か?何が問題か?現在、免税事業者はどうするべきか?
本日は、消費者目線のお話も加えて、私なりに一から考えてみました。
まずは、消費者の皆さま。
通常の消費者は、お店で買い物をして、10%または8%の消費税をお店で支払うとします。消費税は大切な税金ですから、お店は預かるだけで、最終的には国や自治体に納めてもらえるのだろうと思っていませんか。
しかし、売上1000万円以下の事業者は、免税事業者となれるので、預かった消費税を納税する義務は免除されています。このため、消費税を受け取ると自分の収入になるので益税といわれています。これは、消費者目線ではびっくりの事実ではないでしょうか。
事業者の皆さま。
ご存じの通り、思わぬ伏兵「インボイス制度」が来年10月から正式スタートすることによって、今後、多くの免税事業者が、課税事業者を選択せざるを得ないのではないか・・・という流れとなっています。
このことから、「インボイス制度で中小事業者はつぶれてしまう」「インボイス制度が始まると、エンタメ業界のフリーランスのうち2割が廃業するかもしれない」というニュースもよく目にします。一体どういうことでしょうか。
なお本記事は、正確を心がけていますが、FPでもある行政書士が、国税庁窓口にも質問しながら、一般的な知識の整理のために書いたものです。誤解もあり得ますので、具体的なこと、より詳しいことは、国税庁や税理士の方に問いあわせていただければ、正確に教えていただけると思います。
消費税の仕組みと2つの例外の整理
消費税の仕組み
消費税は、事業者にとって計算が煩雑な税です。なぜなら、事業者は、売上によって消費者から受け取った消費税を納付し、仕入れによって事業者自身が支払った消費税は還付を受ける必要があるからです。つまり、預かった消費税から支払った消費税を引いて、残額があれば支払い、マイナスであれば還付を受けます。
このような、差し引き計算をすることで、メーカー⇒問屋⇒小売りと、商品が流通するごとにまるまると消費税がかかって、国は税のとりすぎにならないようにしています。
個人事業主や小規模の会社を想像して下さい。売り上げと仕入れの消費税額を取引ごとに記録して積み上げ計算するのは、ちょっと大変そうですね。
そこで、二つの便法が認められています。
1. 免税事業者という仕組み
売上1000万円以下の事業者は、消費税の納税義務は免除されます。もっとも「私は課税業者になります」という選択は可能です。また、消費税の納税が免除された場合は、仕入れで支払った消費税の還付請求はできません。
要するに、納税しないなら還付も受けられないということです。ただし、赤字企業でない限り、仕入れ<売り上げの関係でしょうから、通常は免税事業者になったほうが、手元にお金は残ります。
2. 簡易課税という仕組み
これは、仕入れの消費税を、一つ一つ計算しなくても、業種ごとに「みなし仕入れ率」を決めて、「課税売上に掛かる消費税×みなし仕入れ率」の還付を受けられるとするものです。みなし仕入れ率は、下表のようなものです。行政書士のような士業は、みなし仕入れ率は50%、建設業なら70%です。
みなし仕入率
第1種事業(卸売業) 90%
第2種事業(小売業等)小売業、農林漁業(飲食料品の譲渡に係る事業) 80%
第3種事業(製造業等)農林漁業(飲食料品の譲渡に係る事業を除く)、建設業、製造業など 70%
第4種事業(その他)飲食店業など 60%
第5種事業(サービス業等)運輸・通信業、金融・保険業、サービス業 50%
第6種事業(不動産業) 40%
参照(消費税のしくみ/国税庁)
インボイス制度
さて、ところがです。消費税率が8%から10%になった2019年10月に「2023年10月からインボイス制度を導入する」ということが決まりました。
インボイスとは請求書を意味する英語です。請求書制度ってなんだということですが、ざっくりといえば、通常の請求書に2点加えるとインボイスになります。
① 消費税率は複数になったので、従来の請求書に、消費税を複数書ける欄を作る。
② のちのち集約しやすいように、事業者番号を記載する。
そして、これらの事項が記載されていれば、「請求書」でなく「領収書」「レシート」「納品書」等であってもインボイスにはなりえます。
国税庁の説明は「インボイスとは、「売手が、買手に対し正確な適用税率や消費税額等を伝えるための手段」であり、一定の事項(注)が記載された請求書や納品書その他これらに類するものをいいます。 ※ 請求書や納品書、領収書、レシート等、その書類の名称は問いません。 」となっています。
(注)① インボイス発行事業者の氏名又は名称及び登録番号 ② 取引年月日 ③ 取引内容(軽減税率の対象品目である旨) ④ 税率ごとに区分して合計した対価の額(税抜き又は税込み)及び 適用税率 ⑤ 消費税額等(端数処理は一インボイス当たり、税率ごとに1回ずつ) ⑥ 書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称
そして、この意味でのインボイスを「適格請求書(インボイス)」と呼ぶことにしました。
このことだけしたら、きわめて形式的なことで、「中小事業者が大量につぶれるたり廃業したりする恐れ」という心配にはならないと思います。
実は、インボイス制度では、もっと重要なことが付随して決まっています。
それは、「事業者が買い手のとき、仕入れ控除をするにはインボイスの保存か、買い手が作成する仕入れ明細書(インボイスの内容が記載され、課税仕入れの相手方の確認が必要)」が必要であるということです。
買い手が作成する仕入れ明細書は面倒そうです。となると、2023年10月以降は、買い手の事業所は、売り手の事業所や個人事業主に対して、インボイス(適格請求書)を発行して欲しいと願うのが自然かと思います。仕入れ控除できなければ、自分が仕入れで払った消費税の還付が得られなくなるのですから。
そして、次のことも決まっています。
① インボイスを交付できるのは、インボイス発行事業者に限られます。
② インボイス発行事業者は課税事業者しかなれません。現在、免税事業者ならば、その立場を放棄して、課税事業者を選択する必要があります。
③ インボイス制度が開始される2023年 10 月1日から登録を受けるためには、原則として、2023年3月 31 日までに登録申請手続を行う必要があります。
(注)
令和5年10月1日からインボイス制度がスタートします。この制度に登録したい事業者は、令和5年9月30日までに登録申請をしなければなりません。もし、9月30日までに申請を提出した場合、制度が開始される令和5年10月1日までに登録通知が届かなくても、同日から登録されたものとみなされます。
免税事業者の場合は、制度開始日後でも、登録申請時に希望する登録日(提出日から15日以降の日付)を記入することで、その日から登録を受けることが可能です。制度がスタートしてからでも、柔軟に登録ができる仕組みとなっています。
ここがポイントです。
つまり、インボイス制度によって、サービスや商品の買い手事業者は、インボイス発行できる課税事業者から取引をしないかぎり、仕入れ控除ができなくなるので、困るのです。そのため、現在、非課税業者で益税を享受している方も、課税事業者にならざるを得ないという状況が生じ得るのです。
なお、スタートアップで開業届を出したばかりの会社はどうなるのでしょう。
国税庁に確認したところ、①スタートアップで開業届を出したばかりでも、課税事業者を選択して、インボイス発行業者になることは可能。この場合、2023年1月から9月までは免税事業者、10月~12月は課税事業者となる。②合わせて、簡易課税の選択も可能。特例措置として、2023年12月末までに簡易課税の届を提出すれば、2023年10月1日から遡って簡易課税の適用が可能である、という説明を受けました。
(注)経過措置により、2029年9月までは、インボイス登録をした日(2023年10月1日以降)に課税事業者となる。
課税事業者にならない選択も可能だが
売上が1000万円以下なら、課税事業者になってインボイスを発行できるようにするか、このまま免税事業者を継続するかは、選択可能です。これは、顧客層で対応が分かれると思います。
顧客が事業者中心であれば、取引先は仕入れ控除が出来なくなって困りますので、「還付されない消費税分だけ値引きして欲しい」という要望も出てくるかもしれません。また、時とともに課税業者に仕入れ先を変更されてしまうかもしれません。
お客様が個人中心であれば、個人は消費税の還付はもともと期待していないので、インボイスへのこだわりはないかもしれません。そうであれば、免税事業者を選択しつづけ、請求書様式の変更も不要となります。
免税事業者が課税事業者になるメリットも
免税事業者が課税事業者になれば、メリットもあります。インボイスの発行が可能となり、事業者の顧客に喜ばれるというのはもちろんですが、それに加えて大きいメリットは、消費性の仕入れ控除(消費税の還付)ができることです。
なお、繰り返しになりますが、仕入れ控除は、簡易課税を選択すれば、個別取引ごとの計算がいらないので簡単です。
免税事業者のステータスを維持して、仕入れ控除をあきらめるか、課税業者になって、益税はあきらめるか?
どちらも適法です。
事業者ごとに、顧客層、事務手間、手元に残る金額を考えてご判断されるのが良いと思います。
ちなみに、仮に、法人客主体のサービス業で、課税売り上げ500万円(仕入れ金額の実態は40%くらい)の免税業者が、この際、インボイス発行可能となるために、課税業者となり簡易課税を選択したとします。サービス業の簡易課税は、みなし仕入れ率は50%(上の表)です。
売り上げが、一定とすると免税事業者のときと課税事業者とのときで、「売上–仕入」で残る金額(売上利益)は、益税の時からはかなり減少しますが、税抜きの実態からみれば同じかむしろプラスです。
したがって、実態との比較では、簡易課税制度の業種ごとのみなし仕入れ率が実態と比較して、どうなのかがポイントになりそうです。
(下図の説明)
A 実態⇒益税効果のない本来の売上利益300万円
B 免税事業者選択⇒益税効果で売上利益330万円
C 課税事業者選択⇒簡易課税で実態より10%多く仕入れ控除し305万円
注)<その後の緩和措置 2割特例>
2023年度税制改正で、新しい「2割特例」が導入されました。この特例は、インボイス制度に関連し、免税事業者から課税事業者に転換する事業者向けのものです。簡単に言うと、2割特例は消費税の納税額を計算する際に、仕入税額の80%を控除する制度です。これにより、納税額が預かり消費税の約2割になるため、「2割特例」と呼ばれています。この特例は、2023年度の税制改正におけるインボイス制度の重要な変更の一部として導入されました。
また、特筆すべきは、2割特例は申告の際に選択肢として使えることです。具体的には、「今回の申告では2割特例を使うほうが有利か、本則課税を選ぶべきか」「また、簡易課税と2割特例、どちらが納税額を減らすには良いか」という選択ができます。つまり、前回の申告とは異なる方法で計算し、より有利な方法を選択できるのです。
ただし、2割特例はずっと続く制度ではありません。2023年10月1日から2026年9月30日までの各課税期間に適用される期間限定の制度です。税金の計算方法を検討する際に、2割特例の適用が得策かどうかを考えてみてください。
経過措置と緩和措置報道
下のイラストにあるような、「インボイスの発行できない下請け業者が切られるのではないか」「益税が無くなることで、経営が苦しい」等の現実的な不安の増大もあります。
出典https://www.zenshoren.or.jp/invoice_qa
このような不安に対し、現在、決まっている「経過措置」と、報道されている「緩和策」は以下の通りです。
① 経過措置
適格請求書等保存方式(以下「インボイス制度」といいます。)開始後、6年間(2023年10月から2029年9月までの間)は、免税事業者等からの課税仕入れについて、仕入税額相当額の一定割合を仕入税額とみなして控除できる経過措置
2023年10月1日から2026年9月30日までは仕入税額相当額の80%
2026年10月1日から2029年9月30日までは仕入税額相当額の50%
② 報道されている緩和策 (2022.11.20日経等)
政府・与党は消費税の税率や税額を請求書に正確に記載・保存する「インボイス制度」で、フリーランスなど小規模事業者の新たな負担軽減策を設ける調整に入った。納税を免除されてきた事業者が課税事業者にかわる際、納税額を売上時に受け取る消費税の2割に抑える。2023年10月から3年間の措置で円滑な制度導入をめざす。
まとめ
インボイス制度の骨格は以上のようなものです。
日本商工会議所が9月に公表した調査では免税事業者約400社の3割が「課税事業者になる」、2割が「要請があれば課税事業者になる」と答えたとのことです。
価格転嫁が難しい現実の事業者目線では、苦しいところですが、国税庁がHP(消費税の事業者免税点制度の在り方についての一考察)で指摘しているように、
1. 消費者は益税という仕組みを知らないで消費税を払っていることの是非
2. 会計ソフトの進歩
3. 免税業者が受け取っている消費税は、法律的には預かり税ではなく、売上対価の一部となっているのではないかということ
という諸点も考えると、消費者目線での、長期的な世の流れは、益税の極小化、すなわち免税事業者から課税事業者への移行を後押しするとなるのではないかと思われます。
インボイス発行業者の第一次陣の締め切りは2023年3月31日です。ご自分のビジネスでは、どうすべきか、もう少し勉強したうえで、私も決断しようと思っています。
参考 国税庁インボイス制度の概要
免税事業者の過半数が課税化を志向:日商のインボイス調査
「適格請求書発行事業者の登録申請書」(初葉)の記載例
サイト管理者の杉並区の行政書士中村光男です。ホームページにもお立ち寄りください。
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