会社をたたんで欲しいという遺言:裕次郎に学ぶ

 私は、昭和の大スターである石原裕次郎の大ファンです。

 2020年7月の新聞記事で、「石原裕次郎さんが設立した芸能事務所「石原プロモーション」(石原まき子会長)は、翌2021年1月に、社名を廃止して俳優のマネジメント業務から撤退、事実上”解散“すると明らかにした」とありました。

 まき子会長は「商号を裕次郎氏仏前に返還し、今後、裕次郎さんの版権や遺品管理のための会社に業務を引き継ぐ」と明らかにしたそうです。なお、まき子会長は、1987年7月に裕次郎さんが52歳で亡くなる際に「俺が死んだら即会社をたたみなさい」という遺言があったが、俳優やスタッフの会社への愛情を感じ、運営を続けたそうです。
 出典 中日新聞 https://www.chunichi.co.jp/article/90746

さて、この事例は、「会社をたたんで欲しい」という遺言は、どういう意味であったのか・・と考えていくと、いくつか相続法のポイントが学べるのではないかと思います。結論的に言うと、会社は個人とは別の法人格を持っており、個人が持つ会社の所有者としての地位(株式)は相続されるが、会社から委任に基づく経営者の地位は相続されないという点です。以下に整理してみました。

会社経営者の地位は相続されない

一般的に考えて、会社の社長が遺言で、「私が死んだら会社はたたんで欲しい」ということは、ありそうな気がします。しかし、法的にはこれは遺言として有効か?と考えると、会社と個人の関係が、だんだん混乱してきます。

具体的に言うと、石原プロモーションは、2,021年1月16日に解散するまでは、資本金3000万円の株式会社でした。裕次郎さんが亡くなったとき、裕次郎さんは社長で、その後は渡哲也が社長に就任したようです(Wikipedia)。

裕次郎さんに子供はいなかったので、相続人は妻のまき子さんと、兄の石原慎太郎氏でした。渡哲也さんは相続人ではありません。

ポイントの1はこの点です。

社長(通常は代表取締役のこと)は、取締役として会社と委任契約を結んでいますので、社長の死亡により、委任契約は終了します(民法653条1項)。会社社長という地位は、相続されません。そして、新しい社長は基本的には、会社法のルールに乗っ取って済々と手続きされます。

簡単に言うと、(旧)代表取締役の死亡⇒(新)代表取締役の選任と進みますが、取締役会がある会社とない会社で、差があります。

①取締役会のある会社⇒(新)代表取締役の選任は、取締役会が取締役の中から選任します(会社法362条2項)。定款で定めがあれば、株主総会で代表取締役を選任することもできます(会社法295条2項)。

②取締役会のない会社⇒ 取締役全員が各自に会社を代表するのが原則ですが、「定款、定款の定めに基づく取締役の互選又は株主総会の決議によって、取締役の中から代表取締役を定めることができる。」とされています(会社法349条)

社長の持っていた株式は相続される

一方、社長の持っていた株式は相続の対象となります。株式は、社長が会社とは関係なく個人の資産として所有しているものだからです。

「会社をたたんで欲しい」という社長の遺言について

今回の石原裕次郎の「遺言」のケースでは、具体的な文言がどうなっていたかについては情報もありませんでの、何も言えませんが、この事例に触発されて、考えていくと、一般には次のような問題もありそうです。

1.「会社をたたみたい」という場合、会社の経営陣が主体となって、解散決議をし、事業の清算手続きをする必要があります。
社長が死亡した際に、会社経営者の地位と、会社所有者の地位は、かたや会社法、かたや相続と、別ルートで受け継がれます。両者が、たまたま一致して同一人物になったということはあり得ますが、法的な意味で遺言の効力が及ぶのは相続人という地位の方に対してであって、会社法で選出された会社経営者にではありません。

2.会社を清算して欲しいという条件付きで、株式を相続人に相続させることができるかという点。相続人の方が、遺言どおり、株主として会社の経営陣に会社解散を働きかけることはできるでしょうが、例えば、従業員の生活を考えて会社側が躊躇するような場合、どこまで、相続人は会社解散に向けて、がんばったらいいのか(そうできなかったとき遺言に背いたことになるのか)・・などと考えてしまいそうです。

3.したがって、(一般的にですが)「会社を○○して欲しい・・」という希望が、遺言書に記載してあるのは、一種付言事項であって、遺言者の思いとして受け止めるにしても、そうしなければ相続できないということではなく、思いは受け止めつつも、残された方々で相談の上、より合理的な選択をすることは可能であるという解釈もできそうです。

ちなみに、繰り返しますが、実際の裕次郎さんの遺言については、おそらく専門の法律家もアドバイスがあってのことかと思いますし、実際の文章も分からないので、正確な考察はできません。

ただ、冒頭の新記事で「1987年7月に裕次郎さんが52歳で亡くなる際に「俺が死んだら即会社をたたみなさい」という遺言があったが、(まき子さんは)俳優やスタッフの会社への愛情を感じ、運営を続けたことを明かした。」につづき、「一方で高齢と体力の低下により実務が難しくなることが多くなったため、渡ら俳優やスタッフに相談したところ「裕次郎さんらしく惜しまれるうちに株式会社石原プロモーションの商号を返しても裕次郎さんは承知してくれるのではないですか」と賛同が得られ「ここで遺言を実行いたしました」と強調した。」とありました。

書いているうちに、遺言者の思いをどの程度、法律的な意味でも尊重すべきかという難しい問題に立ち入ってしまいました。この点は、今後も、研究してい行きたいと思います。

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