「ビック・クエスチョン(スティーヴン・ホーキング 青木薫訳 NHK出版2019)」は、スティーヴン・ホーキングが2018年3月14日に76歳で永眠する前の1年間に取り組んだ本です。
私は、かなり前に「ホーキング 宇宙を語る」を読んで、ビックバンやブラックホールのことを知り、宇宙の始まりと終わりが、頭の中で推理を重ねていくことで、秒単位でプロセスが説明されることに驚いた記憶があります。著者は、車いすの天才物学者として有名ですが、語り口はユーモラスで、比喩が巧みで、物理の話を冒険小説の様に読ませてくれます。
この本では、<人類の難問に応えよう>というサブタイトルの通り、宇宙の始まり、終わり、時間旅行、人類以外の知的生命体の存在、他の惑星への移住、AIの可能性と脅威などについて、科学的な論理の積み重ねで著者の考えが述べられています。
それらは、面白くかかれていますが、事実は快いものばかりでないので、これらの問題への著者の意見は、明るい気分だけでは読み進められません。さらに、著者は生命というときに、コンピューターウイルスのようなものも、生命体ととらえていることにも、ざわついた気持ちをもちます。
しかし、著者は「自分は楽天的」というだけあり、「分からないものも分かってくる」「アインシュタインのような人物がいずれまた出てくる」「人類がよりよく生き延びる方法はある」と未来を信じています。
この本で、目をひいた項目をメモ風に記載します。
1.宇宙はただで手に入る
空間とエネルギーからなる広大な宇宙はどこから生じたか?ビックバンで正のエネルギーが大量に発生したとき、負のエネルギーも同じ量だけ発生した。正と負のエネルギーは足すとゼロである。膨大な負のエネルギーのありかはどこか?それは空間である。 48p
2.宇宙には始まりがある。
アインシュタインの一般相対性理論が正しく、いくつか妥当な条件がみたされるなら、宇宙には始まりがなければならないことを示す幾何学的定理を証明できた。 67p
1965年10月、宇宙は非常に密度の高い状態で始まったころを裏付ける観測的事実が、・・・微弱な宇宙マイクロ波背景放射の発見によりもたらされた。68p
3.不確定性原理
粒子の位置と速度(運動量)の両方を、同時に正確に予測することはできない(1927年ヴェルナー・ハイゼンベルク)69p
今日の科学者は、アインシュタインの一般相対性理論と、宇宙には(不確定性原理を前提に)宇宙にはたくさんの歴史があるいうファインマンのアイディアを組み合わせて、宇宙で起こることの全てを記述する完全な統一理論にしようとしている。
4.生命とは
「無秩序に向かおうとする傾向に逆らって存在し続けることのできる、複製能力を備えた秩序ある系」
つまり「遺伝子」と「代謝」の2要素。84p
コンピューターウイルスは、コンピューターメモリー内で自分自身の複製を作り、それをほかのコンピューターに送り込むプログラムで、「遺伝子」と「代謝」があるので定義上は「生物」85p
5.人間原理
一般の生命体には炭素原子が存在している必要があるが、炭素原子がこのようにこの宇宙に都合よく存在していることは不思議。
宇宙に関する事実は、私たちが現に存在しているという事実と両立しなかればならない。87p
6.量子力学が告げる未来の予測不可能性
アインシュタインは「神はサイコロを振らない」と言ったが、ハイゼンベルクの不確定性原理は、この決定論を根底から覆した。111p
7.危機に直面する地球
もろもろ考え合わせると、 次の千年間のどこかで、核戦争か環境の大変動により地球が住めない場所になるのはほぼ避けられないとみている。167p
まとめ
この本は、人間や科学の未来を明るく語る単純な本ではありません。
著者は、色々な事実から核戦争や環境の大変化が千年以内には避けれないと考えている一方で、そこから生命を守るには、今できることは自己複製能力をもった機械的生命体を宇宙に送ることや、月や火星への移住の可能性をかなり真面目に論じています。すべて、最新科学の知見を、世界一級の頭脳が緻密に論理を重ねて説いているので、あまりに冷淡にも読める部分もあります。
そのような未来しかないなら、かなり暗い気持ちになります。しかし、著者は科学者として将来の人間の英知に期待もしています。今この時代を生きている人間として、著者が述べるディストピアのような未来にならないように、何ができるのか、今後も考えていくことが必要と思いました。