具体的相続分:生前贈与を受けた相続人の相続分の計算法は?

相続人は、相続財産に対してどのような権利を持っているのでしょうか。また、その権利はどのように算出されるのでしょうか。子の一人が、親から生前に土地や多額の金銭を譲渡してもらっていた場合はどうでしょう。また、この一人が、親と一緒に自営業を頑張って親の財産を増やすのに功績があった場合はどうでしょう。

「具体的相続分」とは?

「具体的相続分」は、相続開始の際の「相続財産」(プラスの資産)から、民法903条に定める「一部の相続人が受けた特別受益」を加算して、民法904条の2に定める「一部の相続人による寄与分」を引いたものです。

ことば:いろいろな「相続分」の整理

法定相続分⇒遺産の総額に対して各法定相続人が取得できる遺産の割合です。誰が相続人になるかによって、民法で定められる割合です。
指定相続分⇒遺言書によって指定された各相続人の相続分のことを言います。
具体的相続分⇒法定相続分・指定相続分に、個別具体的な要素(特別受益や寄与分)を加味して修正した相続分のことです。

民法903条は以下のように定めています

第903条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第900条から第902条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。
4 婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第1項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。

以下のようなものが、特別受益となります

1. 遺贈 ⇒ これは常に特別受益です。
2. 生前贈与 ⇒「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた」場合に限ります。
ただ、これはかなり高額な場合に該当します。扶養義務者の不要の範囲なら問題になりません。結納金や挙式費用を親が持っても、ここでいう「特別受益」になりません。一方で、住宅や土地、高額の開業資金などの贈与がは「特別受益」に当たります。
3. 高等教育費用・留学資金 ⇒ 子どもの能力の差で生じた差であれば「特別受益」になりません。兄弟間で著しい不公平があった場合には「特別受益」となります。
4. 債務の支払い ⇒ 長女の夫の債務300万円を親が払って、求償を求めなかった事例で「特別受益」を認めた判例があります。
5. 土地・建物の無償使用 ⇒ 兄弟で、兄だけ親の二世帯住宅に無償ですんでいる場合です。これは一律に判断できないので、介護を頑張っていたのではないかなど、個別事情を斟酌して、相続人間で著しい不公平になっていないかという判断になるようです。
6. 生命保険金 ⇒ 原則的に、生命保険は受取人として指定された者の固有財産であって、相続財産ではありません。しかし、判例は遺産総額と同規模の生命保険金を特定の相続人が受け取る事例で、903条の類推適用をして、特別受益とした最高裁判例もあります。結局のところ、生保の保険金受取人となる相続人と他の相続人との間に、「是認できないほどの著しい不公平があるかどうか」ということです。

最高裁判例 平16.10.29 

被相続人を保険契約者及び被保険者とし,共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は,民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないが,保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率,保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して,保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,特別受益に準じて持戻しの対象となる。

7. 死亡退職金などの遺族給付
死亡退職金は、会社の規定などで決められた受給者が固有の権利として取得するものですから、生命保険と同様に、相続財産ではありません。しかし、これも生命保険に関する最高裁判断と同様に、死亡退職金の受取人となる相続人と他の相続人との間に、「是認できないほどの著しい不公平があるかどうか」で、場合によっては「特別受益」とされることもあるかもしれません。

特別受益の評価時期

これは、少しややこしいのですが、①「特別受益の評価」は、相続開始時の価額で行われます(判例)。そして、②「贈与の価額は、受贈者の行為によって、その目的である財産が滅失し、又はその価格の増減があったときであっても、相続開始の時においてなお原状のままであるものとみな」されます(民法904条)

例えば、被相続人から10年前に1,000万円の土地の贈与を受け、すぐに売ってしまったとします。そしてその土地は、相続開始時には2,000万円まで価格上昇していたとします。このとき、実際には、土地はもうないわけですが、特別受益の金額は2,000万円と評価されます。

また、10年前に開業資金300万円を贈与を受けていた場合、インフレで相続開始時の価値では500万円と算定できるときは、特別受益は500万円です。

この理由は、特別受益を受けた相続人と他の相続人との公平を保つためです。

なお、贈与を受けた財産が天災や不可抗力で滅失した場合は、特別受益としては加算されません。

具体的相続分の算定

次のような計算式となります。

【一般的な場合】 民法903条I

① 【相続開始時の相続財産の価額】+【特別受益の贈与または遺贈の額】
=【みなし相続財産額】
② 【みなし相続財産額】×【各自の法定相続分または指定相続分】
=【一般の具体的相続分】
③ 【一般の具体的相続分】-【特別受益の贈与または遺贈の額】
=【特別受益者の具体的相続分額】

※【相続開始時の相続財産の価額】には、負債(相続債務)は入りません。なぜならば、相続債務は、原則として法定相続分に従って相続するので、別の計算になるからです。

【超過特別受益の場合】

上記のような計算をすると、特別受益者の相続分がマイナスになってしまうことがあります。特別受益を受けた不動産が大きく値上がりした場合などに、その金額を相続財産に足して、相続分を計算して、値上がりした特別受益金額を引いたら、マイナスになってしまったというようなケースです。

この場合は、受益者はその超過金額を実際に返す必要はないというルールになっています

(民法903条II)
遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。

なお、この場合に、他の共同相続人が取得する相続分について、判例・実務では共同相続人間の公平を考慮し、分配可能な相続時の相続財産額について、「超過特別受益者を除いた他の共同相続人間の具体的相続分額の比率に応じて」算定しています。

この点は細かい計算ですので、別の稿とします。

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