印の種類と効力

契約書を作成するうえで、印に関する知識は重要です。

印の重要性と種類、電子署名との違い、そして有名判例の「二段の推定」についてわかりやすく解説します。

契約書に印があると安全である理由

最近の行政手続きでは印鑑不要の書類が増えました。また、もともと契約書は、署名(手書きサイン)があれば法的には問題なく有効に成立ます。しかし、後々の争いの予防という意味では、署名と押印があった方が安全と言えます。

なぜでしょうか?

契約は、「売ります」「買います」という口頭の約束でも成り立ちます。ましてや、契約書に両者がサインしていれば、問題なく有効なはずです。

しかし、例えば以下のようなケースではどうでしょうか?

【売買契約】

〇売主 Aさん 署名と捺印

〇買主 Bさん 署名のみ

この契約の成否が裁判で争いになった場合、Bさんは「この契約はまだドラフトである。私たちは、最終合意ができたら印を押そうという話だったはずだ。私は印を押していないから売買契約は成立していない。」と主張するかもしれません。

Aさんが、「そんな合意はない」と説得力をもって反証しなければ、Bさんの主張を裁判所が認める可能性はないとは言えせん。

日本では、印を押すということに重みのある社会ですので、実務的な安全性を高めるという意味では、まだまだ印は重要な役割があります。

印の種類

契約書作成上知っておきたい、印に関する用語は以下の通りです。

印章・印影・印鑑

・印章(いんしょう)は判子の正式名称です。日常用語でいうところの判子になります。木材、石材、合成樹脂等でできたいわゆる「判子」です。

・印影(いんえい)は判子を押したときに紙に残る朱肉の跡です。

・印鑑は、役所や銀行に登録してある印影(そのもととなる印章もさす場合がある)です。

印象と印影、印鑑

実印・認印

・実印は、個人の場合は市区町村に、法人の場合は法務局にあらかじめ届出を行っておき、印鑑証明書の交付を受けることができる印のことです。

・認印は、実印以外の印のことです。

実印は、印鑑証明が取得できるので、比較的容易に本人の印であることが証明できます。認印でも、他の方法で本人が押した文章であることが証明できれば実印と効力は変わりません。

訂正印

訂正印は、契約書の字句を修正する際に、訂正権限のある者が修正したことを明確にするための押印です。

訂正は、訂正箇所に元の字が見えるように二重線を引き、その傍らに正しい字句を記載し、欄外に「削除○○字」「加入○○字」と記載します。

訂正箇所が多い場合は、〇行目「削除○○字」「加入○○字」、〇行目「削除○○字」「加入○○字」等で特定します。

訂正印は、訂正箇所に押す場合と、欄外の加除訂正の表記の横に押す場合があります。前者の方が、分かりやすいと思われます。

訂正印 杉並区 | 行政書士中村光男事務所

捨印(すていん)

捨印は、将来、契約書に修正が生じたときのためにあらかじめ、権限者が欄外に押印することです。契約当事者にとっては、捨印がることで、契約が修正されてしまうリスクはあるので、注意が必要となります。

割印(わりいん)

割印とは、複数の文書にまたがって印影が残るよう、印章を押す押印方法のことです。

捨印 杉並区 | 行政書士中村光男事務所

契印(けいいん)

契印は、契約書の文章が2枚以上にわたるときに、それが一体の文書であることと、その順序で綴じられていることを明確にする目的で、各ページにまたがって押印することです。

ページを帯で封をして冊子にしているときには、表表紙と帯、裏表紙と帯にかかるように契約者がそれぞれ印を押すことが多いですが、裏表紙と帯にかかるように押すだけでも良いとされます。

契印 杉並区 | 行政書士中村光男事務所

止め印

契約の末尾に余白がある場合に、後に勝手に記載がされないように、文章の最後尾に押す印です。「以下余白」と記載しても同じ効果があるとされます。

消印

消印は、印紙の再利用を防ぐために押す印です。

税法上は、印紙税の課税対象となる文書に印紙を貼り付けた場合には、その文書と印紙の彩紋とにかけて判明に印紙を消さなければならないことになっています(法第8条第2項)。そして、印紙を消す方法は、文書の作成者又は代理人、使用人その他の従業者の印章又は署名によることになっています(令第5条)。このように、消印する人は文書の作成者に限られておらず、また、消印は印章でなくても署名でもよいとされています。

封印

封印は、勝手に開封さないように、封の綴目に押す印です。

電子印鑑とは

電子印鑑と言われるものについては、有料サービス会社のPR的な説明が多いので、非常にわかりにくくなっています。

正確には、一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)のような中立的団体の説明を参照されることをお勧めします。以下は、私流に簡単に記載したものです。

一般に電子印鑑と言われているものは、2種類あります。

・無料版(認印的なもの)

ひとつは、エクセルや電子印作成ソフト(例 Vector)で無料で簡単に作成できる電子印です。誰でも簡単に複製できますから、判子で言えば「認め印」のようなものです。例えば、社内書類(稟議書、申請書など)へ認印を押す決まであった会社が、社内ルールで「認印の代わりに(無料の)電子印でよい」という風に変更すれば、テレワークの範囲を大幅に広げることができます。

お金を掛けずに、形式的な実物押印を排除できるので、メリットがありますが、一方で、誰でも簡単に複製できるがゆえに、後で、その電子印が本人意思に基づいた押印だったか?という点を厳密に詰めることは難しいというデメリットはあります。例えば、メールでやりとりを必ず行い、当該メールは一定期間は保存しておくルールにするなどの工夫が必要となる場合もでてくるでしょう。

・有料版(実印的なもの)

もうひとつは、電子署名法の要件を満たすことで「実印」並みの効果を認められる電子署名です。電子署名法には、「印」という言葉はできません。電子印鑑とは、ビジネス上の用語であって、本来は電子署名というべきでしょう。電子署名法が求める要件は、①本人性(署名の名義人が電子データの作成に関わることを証明できること)と、②非改ざん性(電子データに改編がないことを確認できること)です。

⓵本人性は、認証局が発行する「電子証明書」、②は「タイムスタンプ」で担保します。したがって、「電子証明書」と「タイムスタンプ」が揃って、法の認める電子署名となります。

有料となりますが、クラウドサービスを契約して、電子署名と電子契約の仕組みを導入すれば、コンプライアンスや災害対策上等のメリットが出てきます。

タイムスタンプと電子証明書付の電子印は、実印と同様の効果はありますが、不動産取引などでは、実物の実印と印鑑証明書が求められるので、この点では、実印よりは証明力は劣るものです。

ご参考 用語の意味

電子署名(デジタル署名)】公開鍵暗号方式の秘密鍵を利用した、メッセージの完全性を保証する仕組み。メッセージの送信者が保有する秘密鍵でメッセージのハッシュ値を暗号化し、メッセージに付与すること。メッセージ受信者側は、署名者の公開鍵を用いて、送信者の本人確認及びメッセージの改ざん検知を行う。
(出典:財団法人日本情報処理開発協会「電子署名・認証ハンドブックVer.2.0」)

【認証局】電子証明書の発行と失効を行う機関のことで、「CA(Certificate Authority)」ともいう。登録局(RA)、発行局(IA)、リポジトリなどから構成される。

【電子証明書】公開鍵証明書ともいい、ある公開鍵を、記載された者が保有することを証明する電子的文書。認証局が記載内容を確認した上、電子署名を行うことで、その公開鍵の正当性を保証する。電子証明書には、発行者名、利用者名、電子証明書の有効期間、利用者の公開鍵などが記載されている。

【タイムスタンプ】ある時刻にある電子データが存在していたことを証明する「存在証明」と、ある時刻以降電子データの内容が改ざんされていないことを証明する「完全性証明」を実現する仕組みのこと。この証明となる電子データをタイムスタンプトークンというが、これをタイムスタンプと略して呼ぶことも多い。「時刻認証」ともいう。

出典 一般社団法人日本情報経済社会推進協会 用語集

判子が押されている書類は、真正に成立したものという証明がしやすい(二段の推定とは)

契約書は「偽造されたものでなく当事者の意思によって作成された書面である」ことが必要です。その文書が本人が意思で作成した真正なものかどうかは、当時者が争わない限り問題になりません。作成者側が、「自分の意思で作ったものではない」という主張をしてきた場合には、反証する必要があります。

【例】重要な書類(例えば借用書や保証契約書など)に、きちんと相手方の署名と判子が押されて郵送されてきたので、安心していたら、時間が立ってから、突然にその人から「その書類作成には、私が関与していない。別の用で判子を預けていた別人が勝手に作成したものだ」と言われた。

このようなケースで、文書に判子がついてあると「契約書の真正性」が証明しやすいような判例や法律が日本にはあるのです。少々理屈っぽい話ですが、そのとき、そのはこれから述べる「二段の推定」という2段論法的な考え方で説明されます。

① 【一段目の推定】本人の印影があれば、本人の意思を“事実上”推定する(判例)

一段目の推定 杉並区 | 行政書士中村光男事務所

 判例(最判昭和39年5月12日民集18巻4号597頁)で「印影が本人の印章(印鑑)によって押されたものである場合は、本人の意思に基づいて押印されたものと推定される」とされます。経験則上、印鑑は他人に貸すものではないし、軽々しく押すものでもない,という考え方です。

最判昭和39年5月12日

私文書の作成名義人の印影が当該名義人の印章によつて顕出されたものであるときは、反証のないかぎり、該印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定するのを相当とするから、民訴法第三二六条により、該文書が真正に成立したものと推定すべきである。

【二段目の推定】本人の印影があれば、本人の意思を“法律上”推定する(民事訴訟法)

2段目の推定 杉並区 | 行政書士中村光男事務所

次に、出てくるのが、民事訴訟法228条4項で、これにより、本人または代理人の(署名または)押印があるときは、文書は真正に成立したことが推定されます。

民事訴訟法228条4項
私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。

結局、「本人の印影」→(①事実上の推定)→「意思に基づく押印」→(②民訴228条4項による推定)→「文書の成立の真正」となります。これを二段の推定といいます。結果としては,本人の印鑑が押印してあれば「偽造されたものではなく正式に作成された書面である」という推定を受けることになります。

 逆に言えば、たとえ認印でも判子は大切に保管しておかないと、思わぬトラブルに巻き込まれません。「自分の印が勝手に他人に使われてしまった」場合は、反証を出すことで覆すことはできますが、なかなか大変な事ですので。  

判子は実印でないといけないのか?

判例

上記の「二段の推定」は、印鑑登録されている実印のみではなく認印にも適用される(最判昭和50・6・12裁判集民115号95 頁)のが、判例です。

しかし、文書への押印を相手方から得る時に、その印影に係る印鑑証明書を得ていれば、その印鑑証明書をもって、印影と作成名義人の印章の一致を証明することは容易ですが、実印でない「認印」の場合には、印影と作成名義人の印章の一致を相手方が争ったときに、その一致を証明する手段が確保されていないと、成立の真正について「二段の推定」が及ぶことは難しいと言われています。

実務

したがって、「認印」の契約の場合は、契約が真正に成立したということを証明しやすい以下のような手段も確保しておく方が安全だと思われます。

【継続的な取引関係がある場合】

・取引先とのメールのメールアドレス・本文及び日時等、送受信記録の保存(請求書、納品書、検収書、領収書、確認書等は、このような方法の保存のみでも、文書の成立の真正が認められる重要な一事情になり得ると考えられます。)


【新規に取引関係に入る場合】

・契約締結前段階での本人確認情報(氏名・住所等及びその根拠資料としての運転免許証など)の記録・保存
・本人確認情報の入手過程(郵送受付やメールでのPDF送付)の記録・保存
・文書や契約の成立過程(メールやSNS上のやり取り)の保存

【その他】

 電子署名や電子認証サービスの活用(利用時のログインID・日時や認証結果などを記録・保存できるサービスを含む。)

まとめ

判子レス社会、電子契約等の言葉が飛び交う時代になりましたが、まだまだ判例と法に基づく「二段の推定力」によって、本人が真正に作成した文章として推定力を発揮する判子は、社会で重要な役割を持っています。契約をする際には、判子の力を理解し、慎重に取り扱うことが大切です。

当事務所では、契約についてのご相談にあずかります。

参考:経済産業省 押印に関するQ&A、契約書作成のゴールデンルール(民事法研究会 奥山倫行著)、国税庁 印紙の消印の方法 、一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)客員研究員 大泰司 章 「いちばんやさしい電子契約」

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