「自分が亡くなった後、誰が葬儀や届出をしてくれるのか」——身寄りのない方やおひとりさまにとって、これは切実な問題です。
このような心配に対する一つの対応策が死後事務委任契約です。死後事務委任契約とは、委任者(本人)が第三者(個人、法人を含む。)に対して、亡くなった後の諸手続、葬儀、納骨、埋葬に関する事務等に関する代理権を付与して、死後事務を委任する契約をいいます。
この記事では、死後事務委任契約の基本から、任意後見契約との関係、実務上の落とし穴、報酬の相場まで、行政書士の視点で整理します。
死後事務委任契約の基本
死後事務委任契約とは、自分が亡くなった後に必要な事務手続きを、生前に信頼できる第三者に委任しておく契約です。民法上の委任契約(643条)・準委任契約(656条)に基づきます。
① 医療費の支払いに関する事務
② 家賃・地代・管理費等の支払いと敷金・保証金等の支払いに関する事務
③ 老人ホーム等の施設利用料の支払いと入居一時金等の受領に関する事務
④ 通夜、告別式、火葬、納骨、埋葬に関する事務
⑤ 永代供養に関する事務
⑥ 相続財産管理人の選任申立手続に関する事務
⑦ 賃借建物明渡しに関する事務
⑧ 行政官庁等への諸届け事務
委任契約は委任者の死亡により終了するのが原則です(民法653条)。しかし最高裁は、委任者の死後の事務を委任する契約については、委任者の死亡によっても終了しない旨の合意を含むものと認めており、法的に有効とされています。
契約の形式は、口頭でも私文書でも成立しますが、委任者の死後に受任者が第三者(霊園、役所、金融機関など)に対して権限を証明する場面を考えると、公正証書で作成しておくのが望ましいといえます。なお、任意後見契約のように公正証書が法定要件とされているわけではありません。
死後事務委任契約でできること・できないこと
死後事務委任契約に盛り込める事務は、法律行為・準法律行為・事実行為のすべてにわたります。ここでいう「事務」の範囲は広く、以下のように整理できます。
法律行為(意思表示によって権利義務を変動させる行為)としては、賃貸借契約の解約、携帯電話や保険などの各種契約の解除、未払債務の弁済などがあります。
準法律行為(意思表示そのものではないが法律上一定の効果が認められる行為)としては、死亡届の提出、改葬許可申請、霊園への届出、関係者への死亡の通知、行政機関への届出などがあります。届出や通知は、一定の事実を伝える「観念の通知」として準法律行為に分類されます。
事実行為(法律効果の発生を目的としない行為)としては、葬儀の手配・運営、僧侶への謝礼、遺品整理・片付け、遺体の引き取り・搬送、自宅の清掃などがあります。
一方、死後事務委任契約ではできないこともあります。
相続財産の処分・分配は遺言書の領域であり、死後事務委任契約で「預金を○○に渡す」と定めても遺贈や相続の効力は生じません。相続人間の紛争処理、身分行為(認知・養子縁組など)、相続登記なども対象外です。
事務管理(民法697条)との違い
死後事務委任契約と似て非なるものに、民法上の「事務管理」があります。事務管理とは、法律上の義務も契約もないのに他人のために事務を処理することです。
両者の決定的な違いは事前の合意の有無です。事務管理は管理者が自発的に始めるものであり、本人との契約関係がありません。そのため、報酬請求権はなく(費用償還請求のみ)、第三者に対する対抗力もありません。
実務上、霊園や金融機関に対して「自分にはこの事務を行う権限がある」と証明する場面では、死後事務委任契約書(できれば公正証書)の存在が決定的に重要です。事務管理の法理だけでは、相手方から協力を拒まれるリスクがあります。
任意後見契約や財産管理契約との関係
死後事務委任契約は単独でも締結できますが、実務上は他の契約と組み合わせて利用されることが多く、「3点セット」「4点セット」などと呼ばれています。
財産管理契約は、判断能力があるうちに財産管理を第三者に委任する契約です。契約締結と同時に効力が発生し、委任者の判断能力が低下するまでの間をカバーします。
任意後見契約は、将来の判断能力低下に備えて後見人を指定しておく契約です。公正証書での締結が法定要件(任意後見契約法3条)で、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時点で効力が発生します。
死後事務委任契約は、委任者の死後の事務をカバーします。
これらを時系列で並べると、財産管理契約(元気なうち)→ 任意後見契約(判断能力低下後)→ 死後事務委任契約(死後)という形で、生前から死後まで切れ目のないサポート体制を構築できます。これを「移行型」と呼び、任意後見制度利用者の4分の3がこの形態を選択しているとの法務省調査もあります。
死後事務委任契約を単独で結ぶ際の注意点
死後事務委任契約の単独締結を禁止する法的規制はありません。しかし、実務上いくつかの重要な問題があります。
死亡届の届出人資格
最も大きな問題が死亡届の届出人資格です。戸籍法87条により、死亡届の届出義務者は「同居の親族」「その他の同居者」「家主・地主又は家屋もしくは土地の管理人」に限られています。また、届出資格者(義務はないが届出できる者)として「同居の親族以外の親族」「後見人」「保佐人」「補助人」「任意後見人」「任意後見受任者」が定められています。
ここで注意すべきは、死後事務委任契約の受任者はこのリストに含まれていないという点です。任意後見人や任意後見受任者は届出資格者になれますが、死後事務委任契約の受任者というだけでは死亡届の届出人になれません。
もっとも、実務上は葬儀社が届出書の窓口への提出を代行するのが一般的です。届出人欄に署名するのは法定の届出義務者・資格者ですが、署名済みの届出書を役所の窓口に持参するのは誰でも構いません。また、病院で亡くなれば病院長が届出義務者になりえます(戸籍法87条の家屋の管理者又は戸籍法93条等が根拠です)し、賃貸住宅であれば家主が該当します。
したがって、死亡届の問題は深刻ではあるものの、状況次第では回避できるケースも多いといえます。ただし、持ち家で身寄りがなく一人暮らしの方の場合は、任意後見契約を併せて締結して届出資格を確保しておくのが確実です。
国会でもこの問題は取り上げられており、現行の戸籍法が身寄りのない高齢者の増加に対応しきれていないとの指摘がなされています。
火葬許可証・埋葬許可証の取得
火葬許可証は、死亡届の提出と同時に火葬許可申請書を役所に提出して交付を受けます。墓地埋葬法では「死亡届出の義務者」が申請するとされていますが、実務上は委任状による代理申請が認められており、死後事務委任契約の受任者でも対応できる余地があります。
埋葬許可証は、火葬許可証に火葬場で火葬済の証明印が押されたものがそのまま埋葬許可証として扱われます。つまり物理的に同じ書類です。火葬後に骨壺と一緒に返却されるので、それを霊園に持参して納骨・改葬手続きをするのは、死後事務委任契約の受任者で問題ありません。
その他の実務上のリスク
国民生活センターの情報誌では、死後事務委任契約に関する注意点として、預託金を預かっていた公益財団法人の破産事件、業務上横領、中途解約時の返金トラブルなどが指摘されています。また、契約内容が相続人の意思に反する場合のトラブルや、受任者である法人の倒産・廃業リスクも警告されています。
契約書と遺言書の内容に齟齬がある場合に身動きが取れなくなるケース、想定以上に費用がかかってストップするケース、私文書の契約書では証拠能力が疑われるケースなど、実務上の落とし穴は少なくありません。
報酬の相場
専門家に各契約の受任者を依頼する場合の報酬相場は、以下のとおりです。
| 契約の種類 | 月額報酬の目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 財産管理契約 | 1万〜5万円 | 契約締結と同時に発生 |
| 任意後見(発効後) | 3万〜6万円 | 管理財産額により変動 |
| 任意後見監督人 | 1万〜3万円 | 家庭裁判所が決定(別途負担) |
| 死後事務委任 | ─ | 発動時の報酬として定めるのが一般的 |
任意後見が発効すると、後見人報酬と監督人報酬を合わせて月額4〜9万円程度の負担になりうる点は、相談者に事前に説明しておく必要があります。
契約書の作成費用としては、任意後見契約書の作成が5〜15万円程度、死後事務委任契約書の作成が4万円程度、公正証書の手数料がそれぞれ1〜3万円程度が相場です。
遺言書との関係——どちらが優先されるか
死後事務委任契約と遺言書は、それぞれ法的な効力を持つ分野が異なります。両者の関係を正しく理解しておくことは、トラブル防止のために不可欠です。
まず、遺産相続については遺言書が効力を持ちます。誰にどの財産を相続させるかという意思表示は遺言書で行う必要があり、死後事務委任契約の中に遺産相続について記載しても法的な効力はありません。
一方、葬儀・納骨・各種届出などの死後事務の実行については、死後事務委任契約によって委任するのが有効です。遺言書に死後事務の希望を記載することは可能ですが、それはあくまで「故人からのお願い」にとどまり、相続人などに実行を強制する法的効力はありません。
内容が矛盾した場合の裁判例
先に作成された遺言書と、後に締結された死後事務委任契約の内容が抵触した場合について、令和3年2月25日の函館地方裁判所の判決がひとつの基準を示しています。
この事案では、「特定の不動産を特定の相続人に相続させる」という遺言の後に、それと矛盾する死後事務委任契約が結ばれました。裁判所は、生前の財産処分は遺言者の自由であるとし、後になされた死後事務委任契約が優先すると判断しました。ただし、これは地方裁判所の判決であり、最高裁判所の判断ではないため、法理論として完全に確立されているわけではない点には留意が必要です。
併用する際の注意点
死後事務委任契約と遺言書は併用が可能であり、遺産相続と死後事務のそれぞれについて明確な希望がある場合は、両方を活用することが推奨されます。
ただし注意すべき点があります。たとえば「全ての財産を特定の相続人に相続させる」という遺言がある一方で、死後事務委任契約に基づいて葬儀費用や事務処理費用を遺産から精算・支出する場合、相続人の取り分が減ることになります。この場合、相続人と死後事務の受任者との間で利害が対立し、トラブルに発展する可能性があります。
そのため、遺言書を作成する際は死後事務委任契約の内容を考慮し、事前に推定相続人と死後事務にかかる費用について協議しておくことが望ましいといえます。
まとめ
死後事務委任契約は、身寄りのない方が「立つ鳥跡を濁さず」を実現するための有効な手段です。法律行為から事実行為まで幅広い事務を委任でき、公正証書で作成すれば第三者への対抗力も確保できます。
一方で、死亡届の届出人資格の問題、預託金の管理リスク、相続人との紛争リスク、遺言書との内容の抵触など、単独締結では対応しきれない課題もあります。特に身寄りのない方の場合は、任意後見契約との併用を検討する意義は大きいといえます。遺言書との併用にあたっては、両者の内容が矛盾しないよう整合性を確認し、推定相続人との事前の協議も重要です。
大切なのは、相談者の個別の状況とニーズに応じて、必要な契約を過不足なく組み立てることです。「セットでなければダメ」でも「単独で十分」でもなく、それぞれの契約の機能と限界を理解した上で、最適な提案をすることが求められます。
当事務所では、死後事務委任契約書の作成、改葬許可申請の代行、任意後見契約に関する助言を承っております。お気軽にご相談ください。
出典・参考法令
- 民法(明治29年法律第89号)第643条、第653条、第656条、第697条、第702条 e-Gov法令検索
- 戸籍法(昭和22年法律第224号)第86条、第87条、第88条、第93条、第56条 e-Gov法令検索
- 任意後見契約に関する法律(平成11年法律第150号)第3条 e-Gov法令検索
- 墓地、埋葬等に関する法律(昭和23年法律第48号)第5条、第16条 厚生労働省
- 法務省「死亡届」手続案内 法務省
- 日本公証人連合会「任意後見契約」 日本公証人連合会
- 独立行政法人国民生活センター「死後事務委任契約の注意点」(ウェブ版国民生活2024年11月号) 国民生活センター(PDF)
- 衆議院「死亡届の手続に関する質問主意書」(第212回国会) 衆議院
- 法務省「任意後見制度の周知・不正防止の取組の現状等」(令和元年12月) 厚生労働省掲載資料(PDF)
- 最高裁判所平成4年9月22日判決(金法1358号55頁)——死後事務を含む委任契約が委任者の死亡によっても終了しないとした判例
- 函館地方裁判所令和3年2月25日判決——遺言と死後事務委任契約が抵触した場合に後の死後事務委任契約が優先するとした判例(判例集未搭載。谷口聡「死後事務委任に関する新論点を提示した裁判例」地域政策研究24巻2号19頁に判決文の引用あり)
この記事を書いた人
行政書士中村光男事務所 代表 中村光男(行政書士・防災士・AFP)
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