例えば、一人暮らしの老親が、いつの間にか軽度の認知症になっているようなとき、悪質商法の被害者にならないかという心配もあります。また、老人ホームに入居するために、自宅を売却する必要が出てくるかもしれない・・などの事態も考えられます。万一のためにも、知っておきたい制度が、「成年後見制度」です。
(トップの写真は文中で紹介している裁判所のYouTubeから)
成年後見制度でこんがらがりやすい点
「後見人」という場合に、3つくらいの意味があります。その使い分けを最初に整理します。
1.成年後見には、「ご本人が元気か否か」で、「任意後見」と「法定後見」に分かれます。
【本人が元気なとき】⇒任意後見
ここで使うのは、任意後見制度です。本人が判断能力が十分な時に、自分の判断で、将来に備えて、予め「誰に何を任せるか」を決めておく制度です。根拠法は、平成11年にできた「任意後見契約に関する法律」です。
【本人が衰えたとき】⇒法定後見
ここで使うのは、法定後見制度です。これは民法が根拠法で、本人が認知症や知的障害、精神障害等で判断能力が不十分になってしまった段階で、家庭裁判所が本人の権利を守る援助者を選ぶ制度です。
2.法定後見制度には、3類型あります。「本人の判断能力が欠けている場合」は「後見」人が、「本人の判断能力が著しく不十分な場合」は「保佐」人が、「本人の判断能力が不十分な場合」は「補助」人が、選ばれます。
図にするとこのようになります。保佐人も補助人も広い意味では、後見人ですが、狭い意味の後見人とは区別されます。
成年後見制度とは
〇認知症、知的障害、精神障害などの理由で判断能力の不十分な方々でも、本人の生活や、財産管理などの法律行為がスムーズにできるように、あるいは、不利益な契約を結ばされるなどの悪質な被害などに合わないようにする支援する制度です。
〇成年後見人は、法定代理人として、本人のために本人に代わって、①法律行為、②財産管理、③身上監護を行います。
財産管理とは、不動産や預貯金などの管理、遺産分割協議などの相続手続などです。
身上監護とは、介護・福祉サービスの利用契約や施設入所・入院の契約締結、履行状況の確認などです。
〇成年後見制度には、①「法定後見制度」と②「任意後見制度」があります。
法定後見制度と任意後見制度の違い
これは、冒頭でも触れましたが、差は以下の点です。
法定後見制度は、本人の判断能力が不十分になった後の制度です。
任意後見制度は、本人の判断能力が不十分になる前の制度です。
法定後見制度の概要
〇法定後見制度は、「本人の判断力が不十分になった後」に、本人・配偶者・4親等以内の親族または3親等以内の姻族の申立てにより、後見人(広義)を選任してもらう制度です。本人の判断能力に応じて、「補助」、「保佐」、「後見」の3つの制度があります。
〇家族を後見人の候補にすることも可です。また、一部の家族や親族の反対があっても申立て自体は可能ですが、反対がある場合に候補者がそのまま就任できるかは裁判所の判断となります。
〇医師による鑑定が行われる場合があります(補助は省略)。
〇親族(推定相続人)へは裁判所から照会書が届き、親族の意向を確認します。
〇原則として、裁判所が本人と面接をし、貢献に関する同意の確認をします。
〇申し立てから後見人就任(審判確定)までは、約2か月程度。
〇後見人等の報酬は、裁判所が決めます。
〇申し立てに必要な費用
【後見の場合】
申立手数料 収入印紙 800円
登記嘱託手数料 収入印紙 2600円
郵便切手 合計 3000円程度
※保佐、補助の場合は、上記の他に印紙、切手が必要。
詳しくは、この裁判所の解説ビデオが分かりやすいと思います。
法定後見制度の申立てに必要な書類
法定後見制度を申し立てることができる方は、本人、配偶者、4親等内の親族、検察官、市町村長などです。
(1) 申立書 ⇒ 申立書の書式
(2) 標準的な申立添付書類
・本人の戸籍謄本(全部事項証明書)(発行から3か月以内のもの)
・本人の住民票又は戸籍附票(発行から3か月以内のもの)
・成年後見人候補者の住民票又は戸籍附票(発行から3か月以内のもの)
※成年後見人等候補者が法人の場合には,当該法人の商業登記簿謄本(登記事項証明書)
・本人の診断書(発行から3か月以内のもの)
・本人情報シート写し
・本人の健康状態に関する資料
・介護保険認定書,療育手帳,精神障害者保健福祉手帳,身体障害者手帳などの写し
・本人の成年被後見人等の登記がされていないことの証明書(発行から3か月以内のもの)
・本人の財産に関する資料
-預貯金及び有価証券の残高がわかる書類:預貯金通帳写し,残高証明書など
-不動産関係書類:不動産登記事項証明書(未登記の場合は固定資産評価証明書)など
-負債がわかる書類:ローン契約書写しなど
・本人の収支に関する資料
-収入に関する資料の写し:年金額決定通知書,給与明細書,確定申告書,家賃,地代等の領収書など
-支出に関する資料の写し:施設利用料,入院費,納税証明書,国民健康保険料等の決定通知書など
法定後見制度の事例
【後見開始事例】 ①本人の状況⇒統合失調症 ② 申立人⇒叔母 ③成年後見人⇒ 行政書士
【保佐開始事例】 ①本人の状況⇒中低程度の認知症 ② 申立人⇒長男 ③保佐人⇒ 申立人(長男)
【補助開始事例】 ①本人の状況⇒軽度の認知症 ② 申立人⇒長男 ③補助人⇒ 申立人(長男)
成年後見人になれる人成年後見人は家庭裁判所が選任します(必ず、申立人がなれるというわけではありません)。
法定後見制度のメリット・デメリット
【メリット】
・後見人には、本人の判断能力のレベルに応じた代理権・同意権・取消権があるので、本人の安全・生活レベルの維持を見守り、家族の使い込みや、第三者による犯罪や悪徳商法の被害から守れる。
・家庭裁判所が、後見人から報告を受け監視するので、後見人の暴走が起こりにくく、本人の利益が守られる。
【デメリット】
・家庭裁判所への報告義務(収支状況・財産目録の提出)があるので手間がかかる。
・親族間に争いがあると第三者後見となる。
・判断能力がある場合、浪費家・身障者のためには利用できない。
・生前贈与や相続税対策はできない(成年後見制度とは、本人の権利や財産を守ることを大前提としています。
そのため、現在の本人の生活や健康を維持するための出費以外は認められません。)。
・後見人報酬は裁判所が決める。
・成年後見人が、成年後見開始の審判を受けている高齢者に代わって、その居住の用に供する建物又はその敷地を売却するには、家庭裁判所の許可を得なければなりません。
任意後見制度の概要
〇任意後見人制度は、「本人が十分な判断能力を有するうちに」、予め任意後見人となる人と、将来その方に委任する事務(本人の生活、療養看護および財産管理に関する事務)の内容を約定しておき、本人の判断能力が不十分になった後に、任意後見監督人が選任されるのを条件に、任意後見人がこれらの事務を本人に代わって行う制度です。
〇本人の判断能力が低下した場合に、家庭裁判所で任意後見監督人が選任されて初めて任意後見契約の効力が生じます。
(任意後見契約) 委任者が、受任者に対し、精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な状況における自己の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務の全部又は一部を委託し、その委託に係る事務について代理権を付与する委任契約であって、第四条第一項の規定により任意後見監督人が選任された時からその効力を生ずる旨の定めのあるものをいう。
〇任意後見契約は、公証人の作成する公正証書によって結ぶ必要があります。
(任意後見契約の方式)任意後見契約は、法務省令で定める様式の公正証書によってしなければならない。
〇公証人役場の手数料は実費で2~3万円
任意後見契約公正証書の手数料は、1契約につき1万1000円、それに証書の枚数が法務省令で定める枚数の計算方法により4枚(法務省令で定める横書の証書にあっては、3枚)を超えるときは、超える1枚ごとに250円が加算されます。報酬の定めがある場合でも、契約の性質上、目的価額は算定不能となるので、手数料令16条により1万1000円になります。
病院等に出張して任意後見契約公正証書を作成した場合には、遺言公正証書の場合と同様に、病床執務加算、日当、旅費が加算されます。更に、任意後見契約は登記が必要であり、1契約ごとに、公証人が登記の嘱託をすることになっています。このための登記嘱託手数料は、1400円(手数料令39条の2)ですが、ほかに収入印紙代2600円が必要です。
(出典 日本公証人連合会HP)
〇原則として医師による鑑定が不要なので、手続きはスムーズです。
〇任意後見開始のタイミングが難しいので、親族以外の第三者が任意後見人となる場合は、別途、「見守り契約」による定期的な接触が必要な場合があります。
任意後見契約の流れ
なお、任意後見制度を申し立てることができる方は、本人、配偶者、4親等内の親族、任意後見人となる方です。
(任意後見監督人の選任)任意後見契約が登記されている場合において、精神上の障害により本人の事理を弁識する能力が不十分な状況にあるときは、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族又は任意後見受任者の請求により、任意後見監督人を選任する。
任意後見人の仕事
任意後見契約によって、任意後見人は、委任者(本人)から自分の生活、療養看護や財産管理に関する事務について、「代理権」を与えられます。
任意後見人の仕事は、この与えられた代理権を用いて行うものです。
大きく分けると、一つは、委任者の「財産の管理」です。自宅等の不動産や預貯金等の管理、年金等の受取、税金や公共料金の支払等々です。もう一つが、「介護や生活面の手配」です。要介護認定の申請等に関する諸手続、介護サービス提供機関との介護サービス提供契約の締結、介護費用の支払、医療契約の締結、入院の手続、入院費用の支払、生活費を届けたり送金したりする行為、老人ホームへ入居する場合の入居契約を締結する行為等です。
以上のように、任意後見人の仕事は、委任者の財産をきちんと管理し、介護や生活面のバックアップをすることです。
なお、任意後見人の仕事は、代理権を用いて行うものであり、任意後見人が自分で被後見人のおむつを替えたり料理や掃除をしたりするという事実行為をすることではありません。
任意後見人の標準的な代理権目録
任意後見契約では、任意後見契約の本文で、「委任の内容は別紙の通り」と約定して、別紙「任意後見契約代理権目録」を添付するケースが多いようです。
「任意後見契約代理権目録」の典型的な例は以下のようなものです。
1.不動産、動産等すべての財産の保存、管理及び処分に関する事項
2.金融機関、証券会社とのすべての取引に関する事項
3.保険契約(類似の共済契約等を含む。)に関する事項
4.定期的な収入の受領、定期的な支出を要する費用の支払に関する事項
5.生活費の送金、生活に必要な財産の取得に関する事項及び物品の購入その他の日常生活関連取引(契約の変更、解除を含む。)に関する事項
6.医療契約、入院契約、介護契約その他の福祉サービス利用契約、福祉関係施設入退所契約に関する事項
7.要介護認定の申請及び認定に関する承認又は審査請求並びに福祉関係の措置(施設入所措置を含む。)の申請及び決定に対する審査請求に関する事項
8.シルバー資金融資制度、長期生活支援資金制度等の福祉関係融資制度の利用に関する事項
9.登記済権利証・登記識別情報、印鑑、印鑑登録カード、住民基本台帳カード、個人番号(マイナンバー)カード・個人番号(マイナンバー)通知カード、預貯金通帳、キャッシュカード、有価証券・その預り証、年金関係書類、健康保険証、介護保険証、土地・建物賃貸借契約書等の重要な契約書類その他重要書類の保管及び各事項の事務処理に必要な範囲内の使用に関する事項
10.居住用不動産の購入及び賃貸借契約並びに住居の新築・増改築に関する請負契約に関する事項
11.登記及び供託の申請、税務申告、各種証明書の請求に関する事項
12.遺産分割の協議、遺留分侵害額の請求、相続放棄、限定承認に関する事項
13.配偶者、子の法定後見開始の審判の申立てに関する事項
14.以上の各事項に関する行政機関等への申請、行政不服申立て、紛争の処理(弁護士に対する民事訴訟法第55条第2項の特別授権事項の授権を含む訴訟行為の委任、公正証書の作成嘱託を含む。)に関する事項
15.復代理人の選任、事務代行者の指定に関する事項
16.以上の各事項に関連する一切の事項
出典 日本公証人連合会HP
身内に任意後見人の適任者がいない場合
成年後見人になるために、特別な資格は必要ありません。 親族でもなれます。身内に任意後見人となるべき適任者がいない場合、弁護士、司法書士、行政書士、社会福祉士等の専門家に依頼してもよいですし、最近では、市町村等の支援を受けて後見業務を行う市民後見人の制度も活用できます。厚生労働省ホームページによりますと、現在約4分の1の市町村が市民後見人の育成・活動支援に取り組んでいるようです。
さらに、いわゆる市民後見人型のNPO法人その他の法人に後見人になってもらうこともできます。し、弁護士、司法書士、行政書士、社会福祉士などの専門家が選任されることもあります。
例えば、社会福祉協議会等の社会福祉法人、公益社団法人成年後見リーガルサポートセンター、一般社団法人コスモス成年後見サポートセンター、公益社団法人家庭問題情報センター等があります。
【参考】
「一般社団法人 コスモス成年後見サポートセンター」のHP⇒https://www.cosmos-sc.or.jp/
法務省民事局の解説 ⇒ https://www.moj.go.jp/content/001312918.pdf
任意後見制度のメリット・デメリット
【メリット】
・本人が望む任意後見人受任者が、確実に就任できる。
・信頼できる人に後見人となるので、本人の意思を最大得元尊重してもらえる。
・就任(審判確定)までの期間が短いので、不動産売却や施設入所等に便利。
・後見人の報酬は自由に設置できる。
・居住用不動産でも家庭裁判所の売却許可が不要である。
【デメリット】
・後見監督人が就任する(監督人報酬が発生する)
・代理権しかないので、本人が行った法律行為を取り消すことはできない。
・任意後見契約を公正証書にする手間がかかる(しかし、安心ではある)