一人暮らしの高齢者が賃貸住宅で亡くなったら? 大家が知っておきたい相続・残置物問題と国の支援制度

高齢化が進む日本では、一人暮らしの高齢者が賃貸アパートやマンションに入居するケースが増えています。大家さんにとって心配なのは、入居者が亡くなった後の対応です。

「賃貸借契約は死亡によって終了するのか」「部屋に残された家具や衣類は誰が片付けるのか」「遠方に住む子供が対応してくれなかったらどうするのか」。今回は、具体的な事例から、賃貸借契約の相続、残置物の処理、そして国が整備した支援制度について解説します。

一人暮らしの母親が東京のアパートで亡くなったら

例えば、次のようなケースを考えてみましょう。

東京の賃貸アパートで一人暮らしをしていた80歳の母親が亡くなりました。

夫は既に他界しており、子供は二人です。長男は熊本県に自宅を所有し、長女は北海道で結婚して暮らしています。

二人とも東京のアパートに住む予定はありません。

この場合、母親が借りていたアパートはどうなるのでしょうか。

実は、母親が亡くなっても、賃貸借契約は自動的には終了しません。

民法第896条では、相続人は被相続人の財産に属した権利義務を原則として承継すると定めています。

賃借権も相続の対象です。

したがって、この事例では、原則として長男と長女が共同で賃借権を相続します。二人が遠方に住んでいることや、それぞれ持ち家などを持っていることは関係ありません。

大家としては、相続人と連絡を取り、賃貸借契約の終了や家財道具の撤去について協議する必要があります。

財産だけ相続し、賃貸借契約は相続しないことができるか

ここで、二人の子供が次のように言ったらどうでしょうか。

「母親の預貯金などは相続します。しかし、東京のアパートは必要ありませんので、賃貸借契約は相続したくありません」

残念ながら、原則としてそのような選択はできません。

相続では、預貯金などのプラスの財産だけでなく、賃貸借契約上の権利義務や未払家賃などのマイナスの財産も承継します。

相続放棄をする場合には、原則として相続全体を放棄しなければなりません。

もっとも、賃貸借契約を相続した後に、解約することは可能です。

実務上は、長男と長女が大家との間で合意解約を行い、家財道具を整理して部屋を明け渡すことになるでしょう。

しかし、遠方の相続人が対応を先延ばしにしたり、連絡が取れなくなったりすると、大家は困った状況に置かれます。

相続人の所在が分からない場合や、全員が相続放棄した場合には、さらに複雑な法的手続が必要になることもあります。

入居者が亡くなっても、大家は勝手に荷物を処分できない

もう一つ重要なのが、室内に残された家財道具、いわゆる「残置物」の問題です。

入居者が亡くなっても、家具、衣類、家電製品、写真、貴重品などが無主物になるわけではありません。

これらも原則として相続財産となり、相続人に承継されます。

そのため、大家が「誰も住まないのだから」と勝手に荷物を廃棄することはできません。

無断で処分すれば、損害賠償などの問題になる可能性があります。

つまり、大家が直面する問題には、次の二つがあるのです。

  • 賃貸借契約をどのように終了させるか
  • 室内に残された家財道具をどのように処理するか

この二つは、法律上、別の問題として考える必要があります。

国が用意した「残置物の処理等に関するモデル契約条項」

こうした問題に対応するため、国土交通省と法務省は2021年6月、「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を策定しました。

これは、単身高齢者が元気なうちに、死亡後の契約解除や残置物処理を信頼できる第三者に委任しておく仕組みです。

モデル契約は、主に次の二つから構成されています。

① 解除関係事務委任契約

入居者が死亡した場合に、あらかじめ指定した受任者が、大家との間で賃貸借契約を終了させるための手続を行います。

② 残置物関係事務委託契約

入居者が死亡した場合に、受任者が室内に残された家財道具の整理、指定先への送付、廃棄などを行います。

ただし、何でも直ちに処分できるわけではありません。

モデル条項では、入居者が残しておきたい物をあらかじめ指定する仕組みや、所定の期間が経過してから処分する仕組みなどが設けられています。

また、受任者を誰にするかも重要です。推定相続人や居住支援法人などが候補となりますが、大家自身を受任者とすることは利益相反の観点から適切ではありません。

もう一つの制度「終身建物賃貸借」とは

これとは別に、高齢者向けの特別な賃貸借制度として「終身建物賃貸借」があります。

これは「高齢者の居住の安定確保に関する法律」に基づく制度です。

一般的な建物賃貸借とは異なり、入居者が生存している間は契約が存続し、死亡によって契約が終了するという特徴があります。

原則として賃借権が相続されない、一代限りの契約です。

大家にとっては、入居者の死亡後に相続人との間で賃貸借契約を終了させる手間を減らせるメリットがあります。

ただし、この制度を利用するためには、事業者認可や住宅に関する所定の要件を満たす必要があります。

2025年10月1日からは認可手続が簡素化され、従来の住宅ごとの認可方式から、事業者として事前認可を受ける方式に変更されました。

終身建物賃貸借だけでは残置物の問題は解決しない

ここで、一つ重要な問題があります。

終身建物賃貸借を利用すれば、入居者の死亡によって賃貸借契約は終了します。

しかし、契約が終了しても、家財道具の所有権まで消滅するわけではありません。

残置物は相続人に承継されるため、大家が自由に処分することはできません。

それでは、先ほどの「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を併用すればよいのでしょうか。

ここで気になるのが、モデル契約の中に「解除関係事務委任契約」が含まれていることです。

終身建物賃貸借は死亡によって当然に終了するのですから、死亡後に解除する必要はありません。

そこで、二つの制度を組み合わせる場合には、次のように整理できます。

契約・制度 役割
終身建物賃貸借契約 入居者死亡時に賃貸借契約を終了させる
解除関係事務委任契約 終身建物賃貸借では原則不要
残置物関係事務委託契約 死亡後の家財道具の整理・処分を行う

国土交通省も、終身建物賃貸借標準契約書について、残置物処理のモデル契約条項と併せて活用することを案内しています。

したがって、「終身建物賃貸借契約」と「残置物関係事務委託契約」を組み合わせる方法が考えられます。

なお、残置物関係事務委託契約は、終身建物賃貸借契約とは別に締結するものです。実際の契約書作成では、不要な解除関係の規定をそのまま使用せず、契約相互の整合性を確認する必要があります。

2025年10月施行の改正住宅セーフティネット法による支援

高齢者の入居を大家が敬遠する問題に対して、国も新たな支援制度を整備しています。

2025年10月1日に施行された改正住宅セーフティネット法では、特に次の四つが重要です。

① 終身建物賃貸借の認可手続の簡素化

高齢者が亡くなった際に賃貸借契約が終了する制度を、事業者が利用しやすくするための改正です。

② 居住支援法人の業務に残置物処理を追加

都道府県が指定する居住支援法人が、入居者からの委託に基づき、死亡後の残置物処理を行えることが法制度上明確になりました。

ただし、すべての居住支援法人が実際に残置物処理を引き受けているわけではありません。個別の確認が必要です。

③ 認定家賃債務保証業者制度の創設

高齢者などが利用しやすい家賃債務保証業者を国が認定する制度です。

大家にとっては家賃滞納などの金銭的リスクを軽減する手段になります。ただし、保証の対象や限度額は契約内容によって異なります。

④ 居住サポート住宅制度の創設

居住支援法人などが大家と連携して、安否確認、見守り、福祉サービスへのつなぎなどを提供する住宅を認定する制度です。

孤独死そのものを完全に防ぐことはできませんが、異変の早期発見や、生活上の問題への対応が期待できます。

また、一定の条件を満たす住宅の改修費用等については、公的な補助制度も設けられています。ただし、単に高齢者へ賃貸するだけで大家に一律の補助金が支払われるものではありません。

大家が高齢者を受け入れる際に確認しておきたいこと

以上を踏まえると、単身高齢者に住宅を貸す際には、入居前に次の事項を確認しておくことが望まれます。

  1. 家賃債務保証会社を利用できるか。
  2. 緊急連絡先となる親族などがいるか。
  3. 死亡後の賃貸借契約終了について、どのような仕組みを利用するか。
  4. 残置物処理を引き受ける受任者を確保できるか。
  5. 家財道具の処分費用をどのように確保するか。
  6. 見守りサービスや居住支援法人と連携できるか。

特に重要なのは、受任者を指定するだけでなく、実際の処分費用をどうするかまで考えることです。

また、終身建物賃貸借を利用する場合にも、入居者と同居する配偶者などの居住継続に関する特別な規定があるため、個々の事情を踏まえた確認が必要です。

まとめ――高齢者に安心して貸せる仕組みづくりを

高齢者が賃貸住宅を借りにくい背景には、家賃の支払能力だけでなく、死亡後の契約終了や残置物処理に関する大家の不安があります。

しかし、その不安は契約や制度を適切に組み合わせることで、相当程度軽減できます。

通常の賃貸借契約では、解除関係事務委任契約と残置物関係事務委託契約の活用が考えられます。

一方、終身建物賃貸借を利用する場合には、死亡時に賃貸借契約が終了するため、残置物関係事務委託契約を中心に備える方法が考えられます。

さらに、家賃債務保証や居住支援法人による見守りなどを組み合わせることも有効です。

高齢者が安心して住める住宅を増やすためには、大家だけにリスクを負わせるのではなく、契約制度、居住支援法人、保証制度、公的支援を組み合わせることが重要です。

高齢者の住まいの問題は、相続、契約、福祉が交わる分野です。行政書士としても、契約書の整備や関係機関との連携などを通じ、紛争を未然に防ぐ役割が期待されます。

参考資料・公的機関のURL

1.国土交通省・法務省「残置物の処理等に関するモデル契約条項」

モデル契約書、解説、2025年10月改訂のガイドブック等が公開されています。

https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000101.html

2.国土交通省「終身建物賃貸借制度」

制度の概要、認可手続の簡素化、利用条件等についての説明です。

https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk7_000013.html

3.国土交通省「終身建物賃貸借標準契約書」

家賃債務保証業者型・連帯保証人型などの契約書のひな形が公開されています。

https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk7_000050.html

4.国土交通省「改正住宅セーフティネット法」(2025年10月施行)

終身建物賃貸借、居住支援法人、家賃債務保証、居住サポート住宅の四つの制度改正をまとめた資料です。

https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001912749.pdf

5.国土交通省「居住サポート住宅情報提供システムの公開」

新たに創設された居住サポート住宅制度についての公式発表です。

https://www.mlit.go.jp/report/press/house07_hh_000306.html

6.東京都「居住支援法人」

東京都内の指定居住支援法人や、その支援内容を調べる際の参考情報です。

https://www.juutakuseisaku.metro.tokyo.lg.jp/safety_net/shien/kyojushien

※本記事は2026年10月18日時点の制度に基づく一般的な解説です。実際の契約については、賃貸借契約の内容、相続関係、住宅の要件、委任契約の内容などを個別に確認する必要があります。

中村光男

この記事を書いた人

行政書士中村光男事務所 代表 中村光男(行政書士・防災士・AFP)

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